第1 暴排条項とは

1 定義と機能

暴排条項とは、契約書、規約、取引約款等に設けられる条項であって、暴力団等の反社会的勢力が取引の相手方となることを拒絶する旨規定し、取引開始後に取引相手が反社会的勢力であると発覚した場合や不当要求が行われた場合には、契約を解除して取引相手を排除することを規定する条項をいう。

①契約解除の根拠となること(裁判規範性)、②反社会的勢力との関係遮断に向けた交渉ツールとなること、③反社会的勢力に対して牽制すること、④コンプライアンス重視の姿勢を明示することなどの機能がある。

2 暴排条項導入の経緯

暴排条例が全国で施行。暴排条例では、事業者または住民からの暴力団への利益の供与を禁止し、暴力団との金銭的なつながりを遮断し、暴力団の資金源を断つために、暴力団に対する「利益供与」が禁止され、また、「助長取引」が排除の対象とされた。これらに違反した事業者に対しては、報告要求、立入調査、勧告、命令、公表、罰則が課されるなどしている。事業者に対し、暴排条項導入を努力義務とする条例もある。

→暴力団との関係遮断が事業遂行との関係でも重要。

①法的リスク 会社の取締役の善管注意義務違反等

②規制リスク 銀行業における業務改善命令、廃棄物処理業者による許可取り消し等

③レピュテーション・リスク

④不当要求等のリスク

第2 契約締結後の暴排条項の導入(遡及適用)

1 問題の所在

契約成立後に契約内容を変更することは、変更についての当事者の合意があってはじめて可能となるのであり、相手方の同意がなく、一方的に契約内容を変更し、不利益な契約条件を押し付けることは許されないのが原則である→契約締結後に暴排条項を導入した場合の効力はどうなるか。

2 福岡地判平成28年3月4日(金融・商事判例1490号44頁)・福岡高判平成28年10月4日(金融・商事判例1504号24頁)

「(1)本件各預金契約のように、ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的であるような定型的な取引については、定型の取引約款によりその契約関係を規律する必要性が高いから、取引約款を社会の変化に応じて変更する必要が生じた場合には、合理的な範囲において変更されることも、契約上当然に予定されているということができ、既存の契約の相手方である既存顧客との個別の合意がない限り、その変更の効力が既存の契約に一切及ばないと解するのは相当でない。

(2)前記のとおり、本件各条項は、反社会的勢力の経済活動ないし資金獲得活動を制限し、これを社会から排除して、市民社会の安全と平穏の確保を図るという公益目的を有しており、単に預金口座の不正利用等による被告らの被害を防止することのみを目的としたものではないこと、本件各条項追加後も、暴力団構成員等によるマネー・ロンダリング検挙事犯は、平成23年から平成26年にかけて20%ないし33.5%(59件ないし85件)を占めるなど、反社会的勢力による預金口座の不正利用は、社会にとって依然として大きな脅威となっていること(乙45)、本件各条項の上記目的は、本件各条項が追加された当時に既存の預金契約にもこれを適用しなければ達成することが困難であること、これに対し、本件各条項が適用されることによる不利益は、既存の契約に遡及適用されるものであっても、上記のとおり限定的であり、かつ、預金者が反社会的勢力に属しなくなるという、自らの行動によって回避できるものであることに変わりはなく、しかも、被告らは、本件各条項の追加に先立ち、その内容や効力発生時期を、自行のホームページへの掲載、店頭等におけるポスターの掲示やチラシの配布等の適切な方法により周知していること(乙40ないし44)が認められ、このような本件各条項の事前周知の状況、本件各条項の追加により既存の顧客が受ける不利益の程度、本件各条項を既存の契約にも遡及適用する必要性、本件各条項の内容の相当性等を総合考慮すれば、本件各条項の追加は合理的な取引約款の変更に当たるということができ、既存顧客との個別の合意がなくとも、既存の契約に変更の効力を及ぼすことができると解するのが相当である」。

控訴審は原審の判断を是認。

3 民法改正

民法改正案は、「定型約款」を用いる「定型取引」につき、一定の要件(契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、本条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無およびその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであること、改正民法548条の4第1項2号)を充たす場合には、「定型約款」の不利益変更を認めている。

 

第3 暴排条項がない場合の関係遮断

1 はじめに

 中小企業や個人事業者における契約では、そもそも契約書が存在しない場合が多く、また契約書が存在したとしても契約書に暴排条項がない場合も少なからず存在する。

2 暴排条項以外の契約条項に基づく解消

契約書に「法令や公序良俗に違反するおそれが認められる場合」、「やむを得ない場合」、「その他契約を継続することが困難な事情がある場合」など包括的な解除条項がある場合、これらの規定に基づいて解除するという方法があり得る。

例えば、指定暴力団と密接なつながりのある右翼の政治団体が設立30周年パーティーを開催するために、東京ビックサイトの施設の一部の利用契約を締結した事案について、東京高判平成14年7月16日(判時1811号91頁)は、「《証拠略》によれば、東京都から「東京ビッグサイト」施設の無償貸与を受けた被控訴人が、産業の育成・振興の目的の下で、展示場、見本市会場として企業団体等に利用させている本件施設の利用契約は、私法上の会場貸与契約であることは明らかであり、その契約内容を定めたものといえる「東京ビッグサイト会議施設ご利用案内」には東京ビッグサイトの会議施設の利用細則が定められていることが認められ、《証拠略》によれば、控訴人は上記案内に定められた利用細則を遵守することを承諾した上で本件施設利用の申込みを行っていることが認められるから、控訴人の施設利用申込みとそれに対する被控訴人の承認によって成立した本件施設利用の合意により、控訴人と被控訴人は、上記案内の利用細則に定められた権利義務を負うこととなる。そして、上記案内の3の(2)には、「お申し込み時の利用目的と利用時の内容が著しく異なるとき」、「管理の都合上やむをえない理由が発生したとき」等の事由が存在する場合、被控訴人に施設利用承認の取消権が留保される旨が定められている。 したがって、本件においても、上記の事由に該当する事実が存在する場合には、被控訴人は本件施設利用承認の取消権を有することとなるから、その場合には被控訴人のした本件利用承認取消しは何ら債務不履行を構成しないこととなる」と判示した。

3 錯誤

「取引の相手方が反社会的勢力と知っていたら契約をしなかった」というのは、表示の錯誤ではなく、動機の錯誤の問題である。動機の錯誤の要件は、①法律行為の要素に錯誤があること、②表意者に重大な過失がないこと、③明示又は黙示に動機が相手方に表示されて法律行為の内容となっていることである。

注文者(反社会的勢力に該当するとされた者)が建設会社である請負人に対して請負契約に基づく建築工事の実施を求める請求につき、東京地判平成24年12月21日(金融・商事判例1421号48頁)は、次のとおり、判示した。

「 イ 抗弁(1)(動機の表示)について

(ア)前記認定のとおり、本件契約が締結された当時、国、地方公共団体や企業は、暴力団だけでなく、これらと共生し、あるいは、社会的に非難されるべき関係を有する個人や団体など、暴力団と密接な関係を有する者を含む反社会的勢力を取引の相手方から排除する取組を実施し、被告Y1も、このような動きに合わせて、反社会的勢力との関係を断固拒絶し、これらに関係する企業、団体、個人とは一切取引を行わないものとすることを取締役会において決議し、対外的にも宣言していたものである。のみならず、原告は、本件工事の受注を大手の総合建設業者10社程度に打診したものの、近隣住民の反対運動の影響などにより、いずれも拒絶されたのであるから、上記のような社会全体の動きと併せ考えると、株式が上場されているような大手の建設業者であれば、暴力団と密接な関係を有する反社会的な個人や団体からの建築工事の受注を拒否するということを認識していたものと容易に推認することができる。そして、原告は、平成22年3月にAと面談した際に、同人から原告と暴力団との関係について尋ねられたというのであるから、被告Y1が、Aに紹介されたBに対して、原告が暴力団と密接な関係を有する者であるかどうかを確認していることを認識し得たものというべきであり、同月8日に原告宅を訪れた被告Y3や被告Y4に対して、自分の側から切り出して、暴力団との関係を否定する発言をしたのも、そのためであったと考えられる。 以上のような状況の下で、被告Y2は、本件契約締結当日の調印直前に原告に対してC建設等の他の建設業者に本件工事の受注を拒否された理由を尋ねたのであるから、原告は、その質問が原告と暴力団との関係の有無を確認する趣旨であり、したがって、被告Y1において、原告が暴力団と密接な関係を有するかどうかが本件契約締結の可否を決する重要な動機を成していることを確定的に認識したものというべきであって、だからこそ、原告も、その質問に対して、「自分は決して暴力団と関係する者ではなく、自分が暴力団と関係がないということを書面で交わしても構わない。」とまで述べたものと考えられる。

(イ)原告は、被告Y1が、本件契約締結の条件として、本件建築予定建物がD組六代目組長の自宅になるものではないこと、本件建築予定建物が暴力団の組事務所となるものではないこと、原告が暴力団員ではないことのみを考慮していたと主張し、本人尋問においてもこれに沿う陳述をする。 しかし、前記認定のような当時の社会全体及び被告Y1の暴力団排除に向けた広範な取組の状況を考慮すると、被告Y1の本件契約締結の条件がそのように限定されたものであったとは到底考えられず、原告の主張は採用することができない。 したがって、被告Y1は、遅くとも本件契約締結時までに、原告が暴力団と密接な関係を有する者でないことが、原告と本件契約を締結する動機であることを少なくとも黙示に表示したものというべきである。

(ウ) 以上のとおり、抗弁(1)の事実が認められる。

ウ 抗弁(2)錯誤について

抗弁(2)の事実のうち、原告が本件契約の締結当時暴力団員と一定の交際をしていたことは、原告と被告Y1との間において争いがない。のみならず、前記認定のとおり、原告は、暴力団員であるE会会長やFと共に繰り返し海外旅行や飲食、ゴルフをする仲であり、特にFとは、詐欺罪等の犯罪行為に手を染めてまで、住宅の調達やゴルフ場の利用といった便益を供与する仲なのであるから、たとえ原告自身は現に暴力団員でなく、また、過去に暴力団員であったことがないとしても、暴力団と共生し、社会的に非難されるべき関係を有する者、すなわち暴力団と密接な関係を有する者であることが明らかである。  ところが、被告Y1の代表者である被告Y2は、本件契約締結の際、原告が暴力団と密接な関係を有しないものと信じて本件契約を締結したのであるから、本件契約は、錯誤によって締結されたものというべきである。 したがって、抗弁(2)の事実が認められる。

エ 抗弁(3)(要素性)について

そして、前記認定のとおり、被告Y1は、暴力団と密接な関係を有する者とは、一般の取引を含めて一切関係を持たないことを決議し、そのことを公表していたのであり、また、地方公共団体や企業も同様の取組を行い、現に、被告Y1と同様に東京証券取引所第一部に株式を上場しているC建設等の大手の総合建設業者10社程度が本件工事の受注を拒否したというのであるから、被告Y1において、原告が暴力団と密接な関係を有する者であることを認識していれば、本件契約を締結しなかったものであり、一般の建設業者もこれを締結しなかったものと認めるのが相当である。 したがって、抗弁(3)の事実も認めることができる。

オ 以上のとおり、抗弁事実は、すべてこれを認めることができる。

(3) 再抗弁(重過失)について

原告は、被告Y1には、原告が暴力団と密接な関係を有する者でないと誤信したことについて重過失があると主張する。       しかし、被告Y2は、前記認定のような経緯から、直接原告と面談して原告が暴力団関係者でないことを確認する必要があると考え、本件契約の締結日当日、調印に先立って原告に対して他の建設業者から受注を拒絶された理由や経緯を質問したところ、原告が、事実に反して、暴力団と関係を有しないと言明したために、原告が暴力団と密接な関係を有する者でないとの錯誤に陥ったのであるから、そのことについて、被告Y1に重過失があったということは到底できない。 よって、再抗弁事実は、認めることができない。

(4)そうすると、本件契約は要素の錯誤により無効であるから、それに基づく債務の履行を求める原告の被告Y1に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない」。

4 公序良俗違反

5 法定解除、更新拒絶

6 合意解除