JR東海判決の分析

旅客運送業を営む原告Xが、駅構内を列車が通過する際、男性Aが線路内に入って列車と衝突した事故につき、亡Aの相続人らに対し、列車に遅れが生じるなどした損害の賠償を求めた事案(事故日は平成19年12月7日、Aは91歳)
Xは、Aの妻Y1、次女Y2、長男Y3(妻B)、三女Y4、次男Y5を相手どり、選択的に、①Y1ないしY5らに監督義務違反があるか又はY1ないしY5らが事実上の監督義務者に該当するものとして、民法709条ないし714条に基づき損害賠償を請求し、又は、②Aに対する民法709条に基づく損害賠償請求権が発生し、それらをY1ないしY5が相続したとして、相続分に応じた損害賠償請求を請求した。

【第1審】
1 結論
  Y3を「社会通念上、民法714条1項の法定監督義務者や同条2項の代理監督者と同視し得るAの事実上の監督者であったと認めることができ、これら法定監督義務者や代理監督者に準ずべき者としてAを監督する義務を負い、その義務を怠らなかったこと又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったことが認められない限り、その責任を免れないと解するのが相当である」「民法714条2項の準用により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある」と判示した。
  また、Y1には「民法709条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある」と判示した。
  その余の請求は棄却
2 事実認定
① Aは、の不動産仲介業を平成10年頃に停止し、平成14年に廃業
② 84歳となった平成12年12月頃には、食事した直後に食事はまだかと言い出したり、朝・昼・夜の区別がつかなくなって午後5時半を午前5時半と間違えたりして、Y3、Y4らに認知症の発症を気付かれるようになった
③ 平成14年になると、Aは、晩酌したことを忘れて二度、三度と飲酒したり、寝る前に自ら戸締まりをしたのに夜中に何度も起きて戸締まりを確認したりするようになった。
④ Y1、Y3、Y4及びBは、平成14年3月頃、家族会議Ⅰを開いて今後のAの介護をどうするかを話し合い、従前からA宅でAと同居していたY1は既に80歳で一人でAの介護をすることが困難になっているとの共通の認識に基づき、介護の実務に精通しているY4の意見を踏まえ、Bが単身で横浜市から大府市に転居し、Y1と二人でAの介護をすることを決めた。
⑤ Bは、自らも困難な病を抱えていたが、自宅に住みながらA宅に毎日通ってAの介護をするようになり、A宅に宿泊することもあった。Y3は、家族会議Ⅰの後は1か月に一、二回くらい大府市で過ごすようになり、本件事故の直前頃は1か月に3回くらい週末にA宅を訪ね、BからAの状況について頻繁に報告を受けていた。
⑥ 平成14年7月、Aの要介護認定の申請をし、Aは、同年8月22日、要介護1の認定を受けた。
⑦ 平成14年10月上旬頃、中部病院におおむね月1回程度通院するようになった。また、Aは、同月頃から、週1回□□に通所するようになったが、Aの通所の頻度は徐々に増え、本件事故当時は、日曜日を除く週6回となっていた。
⑧ 平成14年11月7日、Aの要介護状態区分が要介護2に変更された。
⑨ Aは、平成15年頃には、Y1を自分の母親であると思う、自分の子の顔もわからないなどの人物の見当識障害も見られるようになった
⑩ Aは、平成17年8月3日早朝、独りで外出して行方がわからなくなり、午前5時頃、徒歩で20分程度の距離にあるコンビニエンスストアの店長からの連絡で発見された。
⑪ Aは、平成18年12月26日深夜、独りで外出してタクシーに乗車し、認知症に気付いた運転手がAを下ろした先のコンビニエンスストアの店長の通報で警察に保護されて、午前3時頃に帰宅した。
⑫ Bは、Aの上記各徘徊の後、家族が気付かないうちにAが外出した場合に備えて、警察にあらかじめ連絡先等を伝えておくとともに、警察からの指導に基づき、Aの氏名やBの携帯電話の電話番号等を記載した布を、Aの上着、帽子及び靴に縫いつけた。
⑬ Y1は、平成18年1月6日、左右下肢に麻痺拘縮あり、起き上がり・歩行・立ち上がりはつかまれば可能、座位保持・片足での立位は支えが必要、日常の意思決定は特別な場合以外は可能、ひどい物忘れがときどきある旨の調査結果に基づき、要介護1の認定を受けた。
⑭ A宅は、の増築により勝手と事務所が廊下でつながった構造になっており、出口は事務所出入口と自宅玄関の2か所存在するところ、Y3は、本件各徘徊の後、自宅玄関付近に玄関センサーを設置し、Aがその付近を通るとY1の枕元でチャイムが鳴ることで、Y1が就寝中であってもAが玄関に近づいたことを把握できるようにした。
⑮ Y3らは、自宅玄関外の門扉と建物との間からAが外出できないように隙間を波トタンでふさいだほか、門扉に施錠したこともあったが、Aがいらだって門扉を激しく揺すったり、門扉に足をかけて乗り越えようとしたりして危険であったため、施錠は中止した。
⑯ 事務所出入口については、夜間は施錠されシャッターが下ろされていたが、日中は開放されており、かつて本件事務所でたばこ等を販売していた頃に来客を知らせるために設置した事務所センサーは存したものの、本件各徘徊の後も、本件事故当日までその電源は切られたままであった。
⑰ Aは、平成19年2月23日、要介護4の認定を受けた。
⑱ 認定調査結果によれば、Aは、意思の伝達はときどきできるものの、毎日の日課の理解、生年月日を言うこと、短期記憶、今の季節や場所の理解がいずれもできず、問題行動として、幻視幻聴、同じ話をする、落ち着きなし、収集癖、ひどい物忘れがあり、昼夜逆転もときどきあるとされ、日常の意思決定は日常的に困難で、金銭の管理は全介助が、排尿、排便についても一部介助が必要であるなどとされた。
⑲ Y3、Y4及びBは、平成19年2月、Aが要介護4の認定を受けたことを踏まえて家族会議Ⅱを開き、Aの介護について相談をし、Aを特養に入所させることも検討したが、Y4が、特養に入れればAの混乱は更に悪化する、Aは家族の見守りの下で自宅ですごす能力を十分に保持している、特養は入居希望者が非常に多いため入居までに少なくとも二、三年はかかるなどの意見を述べたこともあって、Aを引き続き在宅で介護することに決め、ホームヘルパーの依頼を検討することなども特にしなかった。
⑳ Aは、本件事故があった平成19年12月7日の午後4時半頃、□□の送迎車で帰宅し、その後、本件事務所の椅子に腰掛け、B及びY1と一緒にみかんを食べたり、お茶を飲んだりしていた。その後、Bは自宅玄関先でAが排尿した段ボール箱を片付けていたため、AとY1が本件事務所に二人きりになっていたが、Bが本件事務所に戻った午後5時頃までの間に、被告Y1がまどろんで目をつむっている隙に、Aは本件事務所の外へ出て行った。Aがいなくなったことを知ったB及びY1は、Aがよく散歩していた場所を探すなどしたが、Aは見付からなかった。なお、B及びY1は、大府駅の構内へAを探しに行くことはなかった(証人B12頁)。
㉑ Aの衣服にBの携帯電話の電話番号が縫いつけてあったため、東海警察署刑事課の警部からBの携帯電話に連絡があり、Aが共和駅のホームで本件事故に遭ったことが判明した。
3 第1審の判断の構造
(1)Aの責任能力の有無
   Aに責任能力は認められない(選択的請求の②については認められない)。
(2)Y1ないしY5の責任
  ア 民法714条の監督義務者に該当するか否か→Y3のみ該当
    「家族会議Ⅰにおいては、高齢のY1が一人でAを介護することは困難であるとの共通認識に基づき、Bが長男の嫁という立場で横浜市から転居してAを介護することとなったのであるが、その後、Aの認知症の程度が更に進行して本件各徘徊等が現実に生じ、Aが常に目を離すことができない状態であると判定されて要介護4の認定を受けたばかりか、Y1も要介護1の認定を受けるという事情が加わって家族会議Ⅱが行われたものであるところ、同会議にY1が参加していたことを認めるに足りる証拠はない上、むしろ、同被告の当時の年齢や身体・精神面の能力等に照らせば、同被告が家族会議Ⅱの場に同席していたかどうかにかかわらず、同会議はAにおける認知症の進行に加えてY1までが要介護となった状況への対応を、Y3、Y4及びBの3名において話し合う趣旨のものであったと認めることが相当である。さらに、家族会議Ⅰ及びⅡの内容に加え、Aは常々長男であるY3に将来の面倒を見てほしいと言っていたと認められること、Y3の本人尋問における供述においても、自らがAの介護の方針を判断し決定する立場にあったとの認識をY3が有していることがうかがわれることなどに照らせば、家族会議Ⅰ及びⅡは、Y3が主催して行われ、Y4の意見を専門的立場からのものとして尊重しつつも、Y3において最終的に方針を決断し決定したものであったとみることができる」「本件各徘徊の後にY3がA宅の自宅玄関付近に玄関センサーを設置していることや、本件事故後のXからAの遺族に宛てた書簡に対してY3が遺族代表として対応していること、Aの遺産分割においても賃貸中の土地の持分等の重要な財産をY3が取得していることなどに照らせば、Aの重要な財産の処分や方針の決定等をする地位・立場は、Aの認知症発症後はA本人から長男であるY3に事実上引き継がれたものと認められ、家族会議Ⅰ及びⅡにおいて、Y3が、Aの介護方針や介護体制を決定し、妻のBを大府市に転居させてAの介護に毎日従事させるとともに、Aの状況についてBから頻繁に報告を受け、週末にはA宅を訪れるなどしていたことも、Y3がそのような地位・立場を引き継いだことの一環として理解することができる」
 イ 民法709条に基づく責任の有無→Y1のみ該当
   「Y1は、Aの妻として昭和20年から本件事故に至るまでAと同居し、Bが大府市に移住して本件事務所でAの介護をするようになって以降も、BとともにAの身の回りの世話をしていたもの」「Y1は、平成18年1月6日に要介護1の認定を受け、家族会議Ⅱは、そのようなY1の状況を踏まえて、Y3らがAの介護体制を取り決めたものであったと認められるのであるが、他方において、前記認定事実に照らせば、上記介護体制は、Y1が一定の範囲でAの介護を行うことを期待して取り決められたものである上、Y1自身も、自己に期待されているところを認識し、実際にBとともにAの介護を行うことによって、自己に期待されている役割を引き受けることをY3らに示していたということができる」「Aは本件事故以前に2度にわたり独りで外出して行方不明になり、警察に保護されるなどしていたこと、本件事故当時、事務所出入口に設置されていた事務所センサーは電源が切られており、AはY1やBに声をかけることなく事務所出入口から外に出るなどしていたこと、Bは家事などのためにAのいる部屋から離れることがあり、そのようなときにAが外出したがることもあったことなどからすれば、Y1においては、日中の本件事務所などの外部に開放されている場所にAと二人だけでいるときに自分がAから目を離せば、Aが独りで外出して徘徊し、本件事故のように線路内に侵入したり、他人の敷地内に侵入したり、公道上に飛び出して交通事故を惹起したりなどして、第三者の権利を侵害する可能性があることを予見し得たといえる」

【第2審】
1 控訴
  Y1とY3は控訴した。Y1を控訴人A、Y3を控訴人B、AをCとする。
2 結論
控訴人Aは民法714条1項の監督義務者に該当するとした一方で、控訴人Bは監督義務者等に該当せず、民法709条に基づく責任も認められないとした。
「現に同居して生活している場合においては、夫婦としての協力扶助義務の履行が法的に期待できないとする特段の事情のない限りは、配偶者の同居義務及び協力扶助義務に基づき、精神障害者となった配偶者に対する監督義務を負うのであって、民法714条1項の監督義務者に該当するものというべきである」
3 第2審の判断構造
「民法は、その依拠する過失責任主義の原理に従って、自らの故意又は過失に基づく行為によって他人に損害を加えた場合でなければ、損害賠償責任を負わないものとしている(同法709条)。そして、責任無能力者、すなわち、他人に損害を加えた未成年者で、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかった者、あるいは精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は賠償責任を負わないものとする(同法712条、713条本文)一方、このように責任無能力者の損害賠償責任を否定することで、責任無能力者の加害行為(故意又は過失以外の不法行為成立要件を具備する違法行為。以下同じ。)により損害を被った被害者が保護されなくなって、被害者の救済に欠けることがないようにするため、当該責任無能力者を監督する法定の義務を負う者(以下「監督義務者」という。)又は監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者(以下「代理監督義務者」といい、監督義務者と併せて「監督義務者等」という。)は、監督義務を怠らなかったとき、又は監督義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときであること(以下「免責事由」という。)を立証しない限り、上記損害について賠償責任を負うものとしている(同法714条1項、2項)。この監督義務者等の損害賠償責任は、監督義務者等が監督義務を怠ったとの監督上の過失を理由とするものであるから、監督義務者等に責任無能力者の加害行為そのものに対する故意又は過失があることを必要とせず、責任無能力者に対する一般的な監督義務違反があることをもって足りるのであり、したがって、監督義務者等において、責任無能力者の現に行った加害行為に対する具体的な予見可能性があるとはいえない場合でも、それが責任無能力者に対する監督義務を怠ったことにより生じたものである限りは、損害賠償責任を免れない。そして、監督義務者等の責任無能力者に対する監督義務は、原則として責任無能力者の生活全般に及ぶべきものであるので、監督期間において責任無能力者に加害行為があった場合には、監督義務者等の監督上の過失が事実上推定されることになるものというべきである。このような責任無能力者の加害行為によって生じた損害について監督義務者等の賠償責任を定める民法714条の規定は、同損害に対する賠償責任を責任無能力者については否定する一方、そのことの代償又は補充として、責任無能力者の監督義務者等に同損害に対する賠償責任を認めることで、被害者の保護及び救済を図ろうとするものであり、監督義務者等に監督上の過失があることをもって、監督義務者等に対する責任無能力者の加害行為によって生じた損害の賠償責任の根拠とする点において過失責任主義の原理になお依拠しているものの、監督義務上の過失の不存在等の免責要件の存在の立証責任を監督義務者等に負担させるとともに、監督義務者等の監督上の過失について、責任無能力者の加害行為そのものに対する過失(責任無能力者のした具体的な加害行為を予見しこれを回避すべき義務としての直接的過失)ではなく、責任無能力者の生活全般に対する一般的な監督義務上の過失(責任無能力者のした具体的な加害行為との関係では間接的過失)で足りるものとする点で、無過失責任主義的な側面を強く有する規定であり、その機能を実質的に観察するときには、監督義務者等に対し、責任無能力者の加害行為によって生じた損害について責任無能力者に代わって賠償責任を負わせる面(代位責任的な面)のある規定であることも否定できない。また、民法709条は、上記アのとおり、故意又は過失によって他人の権利又は法律上の保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う旨定めているから、責任無能力者が加害行為をした場合において、法律上又は条理上責任無能力者に対して監督義務を負う者が、責任無能力者の当該加害行為に対する予見可能性があり、相当な監督をすることによって当該加害行為の発生を防止することができたもの(結果回避可能性の存在)であるのに、これを怠ったため上記加害行為を防止できなかったものと認められるときには、上記の監督義務を負う者は、同条に基づき、当該加害行為の被害者に対して損害賠償責任を負うものというべきである(最高裁昭和49年3月22日第二小法廷判決・民集28巻2号347頁参照。以下、この判決を「最高裁昭和49年判決」という。)。したがって、民法714条による監督義務者等にあっては、その監督する責任無能力者の加害行為について上記の予見可能性と結果回避可能性の存在が肯定される場合には、過失責任主義の原理に依拠する同法709条によっても、当該加害行為の被害者に対して損害賠償責任を負うことになる。」
「民法714条1項にいう監督義務者としては、一般に、未成年者である責任無能力者に対する親権者、精神上の障害による責任無能力者に対する成年後見人又は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(平成19年12月7日当時有効なもの。以下、これを「精神保健福祉法」という。)20条に基づく保護者が挙げられるところであるが、Cは本件事故当時91歳で、未成年者ではないし、重度の認知症により責任能力を欠く状態にあったものの、後見開始手続は開始されておらず、したがって、後見人も存在しない。しかし、上記2及び3の認定及び説示したところによれば、Cは、本件事故当時、重度の認知症による精神疾患を有する者として、精神保健福祉法5条の精神障害者に該当することが明らかであった者と認められるから、同法20条1項、2項2号により、控訴人AはCの配偶者として、その保護者の地位にあったものということができる。ところで、夫婦は、婚姻関係上の法的義務として、同居し、互いに協力し、扶助する義務を負う(民法752条)ところ、この協力扶助義務は、夫婦としての共同生活が物質的にも精神的・肉体的にも、お互いの協力協働の基になされるべきものであり、互いに必要な衣食住の資を供与し合い、あたかも相手の生活を自分の生活の一部であるかのように、双方の生活の内容・程度が同一のものとして保障し、精神的・肉体的にも物質的にも苦楽をともにして営まれるべきことを内容とするものであるから、婚姻中において配偶者の一方(夫又は妻)が老齢、疾病又は精神疾患により自立した生活を送ることができなくなったり、徘徊等のより自傷又は他害のおそれを来すようになったりした場合には、他方配偶者(妻又は夫)は、上記協力扶助義務の一環として、その配偶者(夫又は妻)の生活について、それが自らの生活の一部であるかのように、見守りや介護等を行う身上監護の義務があるというべきである。そうすると、現に同居して生活している夫婦については、上記協力扶助義務の履行が法的に期待できないとする特段の事情があれば格別、そうでない限りは、上記協力扶助義務が、理念的には、対等な夫婦間における相互義務というべきものではあるけれども、上記のように配偶者の一方(夫又は妻)が老齢、疾病又は精神疾患により自立した生活を送ることができなくなったなどの場合には、他方配偶者(妻又は夫)は、上記協力扶助義務として、他の配偶者(夫又は妻)に対し、上記の趣旨において、その生活全般に対して配慮し、介護し監督する身上監護の義務を負うに至るものというべきであり、婚姻関係にある配偶者間の信義則上又は条理上の義務としても、そのように解される。そして、精神保健福祉法上の保護者については、平成11年の同法改正によって、従前存在していた保護者の自傷他害防止義務は削除されたが、保護者には、依然として、精神障害者に治療を受けさせ、及び精神障害者の財産上の利益を保護しなければならず(同法22条1項)、精神障害者の診断が正しく行われるよう医師に協力し(同条2項)、また、精神障害者に医療を受けさせるに当たっては、医師の指示に従わなければならない(同条3項)との義務があるものとされているところ、同法は、精神障害者に後見人又は保佐人がない場合には、配偶者が保護者となる旨定めている(20条2項)。このような同法の定めは、医師と連携を取って精神障害者への適切な医療を確保しつつ、その財産上の利益を保護することとされる保護者の義務が、精神障害者の配偶者が、夫婦間の協力扶助義務の一環として、精神障害者の生活全般に対して配慮し、介護し監督する義務を履行することにより、履行される関係にあるとの趣旨によるものと解されるのである。そうすると、配偶者の一方が精神障害により精神保健福祉法上の精神障害者となった場合の他方配偶者は、同法上の保護者制度の趣旨に照らしても、現に同居して生活している場合においては、夫婦としての協力扶助義務の履行が法的に期待できないとする特段の事情のない限りは、配偶者の同居義務及び協力扶助義務に基づき、精神障害者となった配偶者に対する監督義務を負うのであって、民法714条1項の監督義務者に該当するものというべきである」

【最高裁】
1 上告
  双方が上告した。
2 結論
  JR東海の請求はいずれも認められず、遺族側の全面勝訴となった。
3 最高裁の判断構造
  「民法714条1項の規定は、責任無能力者が他人に損害を加えた場合にはその責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきものとしているところ、このうち精神上の障害による責任無能力者について監督義務が法定されていたものとしては、平成11年法律第65号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が定められていた保護者や、平成11年法律第149号による改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人が挙げられる。しかし、保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は、上記平成11年法律第65号により廃止された(なお、保護者制度そのものが平成25年法律第47号により廃止された。)。また、後見人の禁治産者に対する療養看護義務は、上記平成11年法律第149号による改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務は、成年後見人の権限等に照らすと、成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると、平成19年当時において、保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。民法752条は、夫婦の同居、協力及び扶助の義務について規定しているが、これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく、しかも、同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり、協力の義務についてはそれ自体抽象的なものである。また、扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても、そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると、同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず、他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。したがって、精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである」
「もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。その上で、ある者が、精神障害者に関し、このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである」

なお、Y3を法定の監督義務者に準ずる者に該当するとしたうえで、民法714条1項ただし書きにいう「その義務を怠らなかったとき」に該当するとした2名の意見がある。