取締役は会社の舵取り役ですが、その舵取りを誤ってしまった場合、会社に対し損害賠償責任を負わなければならない場合があります。会社に対して責任を負う場合として、(1)任務懈怠や(2)利益相反取引その他の形態の場合があります。
取締役は任務を懈怠し、会社に対して損害を及ぼした場合には、任務懈怠責任として損害賠償責任を負うことになります。取締役と会社との法律関係は委任契約に基づいており、任務を懈怠するということは善管注意義務(330条)、忠実義務(355条)の各違反があるということになります。
取締役の任務は会社を経営し会社に利益をもたらすことではありますが、一般に法令を遵守して職務を行わなければなりません(355条)。そして、この「法令」にはすべての法令が含まれます。

取締役が政治資金規正法に違反し、ヤミ献金をした事例において、取締役に損害賠償義務が認められた事例(東京地裁平成6年12月22日判決)があります。

判旨は次のとおりです。

「本件は、株式会社間組の株主である原告らが、茨城県三和町長に一四〇〇万円を交付した被告の行為は、刑法上の贈賄罪及び政治資金規正法上のいわゆるヤミ献金に該当し、取締役の任務に違反する行為であり、間組に対し同額の損害を生じさせたとして、株主代表訴訟により損害賠償の請求をした事案」
「1 間組は、土木建築工事の設計、施工等の請負、受託等を目的とする株式会社である。原告らは、いずれも間組の株式二、○○○株を、同社に対し被告の責任を追及する訴えの提起を請求した日より六月前から保有する株主である(《証拠略》)。被告は、平成三年六月二七日から同五年八月二五日まで間組の取締役であった。
2 被告は、間組東関東支店水戸営業所の江草豊所長(当時)と共謀の上、茨城県三和町の大山貞弘町長(当時)に対し、三和町健康ふれあいスポーツセンターの新築工事を間組が受注できるように、同町の指名競争入札において間組を指名業者に指定し、さらに工事の発注予定価格を教示するように請託し、その謝礼として、平成三年八月一日ころ大山町長に対し、同人が住職を勤める永光寺内において、間組の資金である現金一四〇〇万円を賄賂として供与した(《証拠略》)。せ 3 被告は、2の行為について、平成六年二月一五日当庁において、贈賄罪で懲役二年、執行猶予四年の有罪判決を受け、右判決は確定した(《証拠略》、弁論の全趣旨)。」
「1 本件行為が代表訴訟の対象となるか否か
(被告)
 被告が賄賂を供与した行為は、取締役としての行為ではなく、東関東支店長という会社の従業員の立場において会社の営業活動の一環としてなされたものに過ぎないから、取締役の責任追及を前提とする株主代表訴訟の対象とはならない。とくに、本件贈賄行為は、被告の取締役就任前に贈賄することが決定され、被告は当然取締役就任前に贈賄が実行されていたものと理解していたから、本件贈賄は取締役就任前の行為というべきものである。
2 被告の本件行為が商法二六六条一項五号の法令・定款違反行為となるか否か
(原告ら)
(一) 被告の本件行為は、贈賄罪に該当するとともに、いわゆるヤミ献金として政治資金規正法にも違反する。
(二) 会社財産を賄賂という法律上許されていない目的のために支出したことは、法令または定款を遵守すべき取締役の業務執行の権限の範囲外の行為である。贈賄に会社資金を支出することは、たとえ株主総会の議決があったとしても違法であり、会社に対する関係でも業務上横領罪が成立するものである。
(三)代表訴訟の目的は、取締役の違法行為から生じた損害を賠償させる填補的機能のみにあるのではなく、取締役の違法行為そのものを防止する抑止的機能も同様にあると解される。したがって、商法二六六条一項五号にいう法令には、商法二一〇条、二六四条のような商法の規定のみならず、証券取引法、独占禁止法、政治資金規正法、刑法等といった他の法令の具体的な規定はもちろん、取締役の一般的な注意義務や忠実義務を定める規定をも含むものと解すべきものである。被告の行為が贈賄行為である以上、善管注意義務及び忠実義務違反にあたるか否かを検討するまでもなく、被告の対会社責任は免れない。
 また、商法上の義務規定は原則たる民法の公序良俗規定の制限下にあるから、善管注意義務及び忠実義務規定は、公序良俗に反する行為までをも取締役の義務とするものではないことは明らかである。とすれば、公序良俗に反することが極めて明らかな贈賄行為による会社財産の支出について、善管注意義務及び忠実義務違反を生じないとする余地はない。
(被告)
(一) 取締役の業務執行の権限は法令又は定款に定める目的の範囲内に限定されるものではなく、会社の業績向上のために役立つ賄賂や政治資金に会社財産を支出したとしても、それが営業活動の一環であるとの意識の下になされている場合は、業務執行の範囲内の行為であって、業務上横領罪も特別背任罪も成立しない。
(二) 商法二六六条一項五号の法令は、商法二一〇条、二六四条、二六五条等商法上特に定められた具体的な法令だけを意味し、商法上の善管注意義務や忠実義務等を定めた一般抽象的な規定や刑法等の商法以外の一般法令は含まれない。
(三) 仮に、商法二六六条一項五号にいう「法令」の中に刑法上の刑罰法規あるいは善管注意義務や忠実義務を定めた規定が含まれるとしても、実質的に会社の業績向上のために役立つ賄賂のために会社財産を支出する行為は、それが会社のためにする営業活動の一環であるとの認識の下に行なわれ、現実に会社に利益をもたらし、業界の状況によって贈賄をしなければ会社の仕事をとれないような状況がある場合は、その行為が贈賄罪で処罰されようとも、直ちに取締役の善管注意義務や忠実義務に反するとはいえない。
3 本件行為により会社に損害が発生したか否か
(原告ら)
(一) 本件賄賂のための出費は、刑罰法規に触れ、公序良俗に違反し、取締役の権限外の行為であるから、右出費自体が損害となる。
(二) 商法二六六条一項五号所定の違法行為による損害額の算定に当たり損益相殺の対象となるべき利益は、当該違法行為と相当因果関係のある利益であるとともに、商法の右規定の趣旨及び当事者間の公平の観念に照らし、当該違法行為による会社の損害を直接に填補する目的ないし機能を有する利益であることを要する。また、公序良俗に反する行為によって生じた利益は、損益相殺の対象とすることはできないと解すべきである。
(三) 仮に、損益相殺できるとしても、贈賄したことにより受注した工事によっては、会社は利益を上げておらず、賄賂による会社の直接の利益は存在しない。
(被告)
(一) 被告に贈賄罪が成立するからといって、賄賂を支出したことが直ちに会社に損害を発生させたことにはならない。損害の有無の判断に当たっては、違法行為に対する支出という面だけでなく、実質的にみて会社の業績向上のために役立ったかどうか、会社が現実の利益を得ているかどうか等を加味した総合的な判断が必要であり、主として会社に経済的な損失があったかどうかという純粋に経済的な面から判断すべきである。
(二) 被告は、本件贈賄行為によって三和町から工事の受注に成功し贈賄行為によって支出した額以上の利得を会社にもたらしていることは明らかであり、損益相殺すれば会社に損害は生じていない。」
「第三 当裁判所の判断
一 本件行為が代表訴訟の対象となるか否か
 商法二六六条一項五号にいう「行為」は、それが法令又は定款に違反する行為であることからしても、取締役の固有の権限に基づく行為に限られるものではなく、取締役の地位にある者が会社の業務に関してした行為であれば足りると解するべきである。そして、本件贈賄は、共謀行為こそ被告の取締役就任前に行われているものの(《証拠略》)、その共謀に基づく贈賄交付行為は被告の取締役就任後に実行されたのであるから、取締役としての行為というべきであって、その責任の追及は代表訴訟の対象となる。
二 本件行為が商法二六六条一項五号の法令・定款違反行為となるか否か
 会社がその企業活動を行うに当たって法令を遵守すべきであることはいうまでもないが、とりわけ贈賄のような反社会性の強い刑法上の犯罪を営業の手段とするようなことが、およそ許されるべきでないのは当然である。それにより会社に利益がもたらされるとか、慣習化し同業者がやっているため贈賄をしないと仕事をとれないおそれがあるといった理由で、営業活動としての贈賄行為を正当化し得るものではない。したがって、贈賄行為は、たとえ会社の業績の向上に役立ち、会社のための営業活動の一環であるとの意識の下に行われたものであったとしても、定款の目的の範囲内の行為と認める余地はなく、取締役の正当な業務執行権限を逸脱するものであり、かつ、贈賄行為を禁ずる刑法規範は、取締役が業務を執行するに当たり従うべき法規の一環をなすものとして、商法二六六条一項五号の「法令」に当たるというべきである。
 そうすると、被告の本件贈賄行為は、それが同時に政治資金規正法に違反するかどうかにかかわらず、法令及び定款に違反する行為として、会社に対する損害賠償責任を生じさせることになる。
三 本件行為により会社に損害が生じたか否か
 取締役がその任務に違反して会社の出捐により贈与を行った場合は、それだけで会社に右出捐額の損害が生じたものとしてよいと解されるが、とくに贈賄の場合は公序良俗に反する行為であり、交付した賄賂は不法原因給付として返還を求めることができないものであるから、本件において賄賂として供与した一四〇〇万円が会社の損害となることは明らかである。
 本件贈賄行為により三和町から工事を受注することができた結果、間組が利益を得た事実があるとしても、右利益は、工事を施工したことによる利益であって、例えば賄賂が返還された場合のように、贈賄による損害を直接に填補する目的、機能を有するものではないから、損害の原因行為との間に法律上相当な因果関係があるとはいえず、損益相殺の対象とすることはできないと解すべきである。したがつて、被告は供与した賄賂相当額全額について会社に対する損害賠償義務を負う。