経営判断原則を理由に取締役の責任を否定した福岡高裁昭和55年10月8日判決を紹介します。

(1)事案
経営が破綻に瀕した子会社に対し親会社の取締役が融資を継続した場合において、たとえ子会社の再建が失敗に終り資産の回収が不能に帰したとしても、右取締役の行為が親会社の利益を図るために出たものであること、融資継続の当否につき内部的検討を尽したこと、融資の継続により子会社の再建が可能な客観的情況があつたこと等判示認定の事実関係の下においては、当該取締役の融資継続行為は企業人としての合理的選択の範囲を外れたものではなく、親会社に対する忠実義務違反は成立しないとした事例。

(2)判旨
訴外大徳水産株式会社は、もつぱら一審原告会社の荷揚高を増大させるために設立された子会社であつて、一審原告としては、その株式の過半数を持ち、資金、人事面を通じて同会社の実権を掌握していたところ、昭和三七年四月ころ、一審原告は右訴外会社の資金繰りが逼迫しているとの情報をえて直ちに調査を開始したところ、訴外会社は融通手形を濫発し破産に瀕する経営状態であることが判明した。そこで、当時一審原告会社の専務取締役として実質的に会社業務の執行に関与したのみならず、代表取締役社長であつた一審被告から一審原告名義の手形行為一切の権限を与えられていた山内一雄は、調査室に対し訴外会社に対する管理、監督を強めると共にその対応策を立案するように指示した。調査室からは同年七月ころ、その対応策として訴外会社に対する援助を直ちに打ち切り、同会社を他社に身売りするなどして自社の投、融資分を幾らかでも回収し、蒙るべき損害を極力おさえるという消極案と、それに対して、同年九月以降に到来する盛漁期まで会社運営のためのつなぎ資金を融資し、豊漁に遭遇して一気に経営の好転を計ろうとする積極案の二案が提出された。当時は全般的に不漁の時期でもあり、しかも訴外会社の漁法が旋網漁業という投機性の強いものであつたので、積極策に出ることはかなり危険をともなうものであつたが、一審原告としては、すでに訴外会社に多額の融資をしているのにそれに見合う物的担保を確保しうるような状況でもなかつたので、消極策をとつて直ちに訴外会社を破産に至らせた場合の膨大な損失をおそれ、また営業部門では強気の意見が多数を占めていたことをも参酌し、訴外会社に対する管理を強化すると共に残つた船舶や動産などの担保もできるかぎり徴する方針のもとに積極策を採択し、同年八月二五日まで一審原告名義の約束手形六〇通(額面総額金六六三〇万円)を交付して融資を継続した。しかるに、一審原告の経営管理が軌道に乗らないうちに、訴外会社は、一審原告より融通手形の濫発、市中のいわゆる闇金融の利用等をかたく禁じられていたのに社長徳山長市がひそかに市中の高利貸から干数百万円に及ぶ金融を得ていたことが発覚したこともあつて、期待する盛漁期の到来をまたず同年九月四日ころには事実上倒産し、一審原告においては融通した手形金全額の支払を余儀なくされ、最終的に一審原告が訴外会社から返済を受けた金額は僅かに金二三九万九五〇〇円にすぎなかつた。
ところで、およそ、商法第二五四条の二が定める取締役の忠実義務は、取締役が会社に対して負担する委任関係から生ずる善管義務(同法第二五四条第三項、民法第六四四条)を具体的注意的にふえんして規定したにすぎないものであつて、これとは異質の高度の注意義務或いは結果責任を課するものでないのはもとより、企業は本来自己の責任と危険においてその経営を維持しなければならないものであるから、親会社の取締役が新たな融資を与えることなくそのまま推移すれば倒産必至の経営不振に陥つた子会社に、危険ではあるが事業の好転を期待できるとして新たな融資を継続した場合において、たとえ会社再建が失敗に終りその結果融資を与えた大部分の債権を回収できなかつたとしても、右取締役の行為が親会社の利益を計るために出たものであり、かつ、融資の継続か打切りかを決断するに当り企業人としての合理的な選択の範囲を外れたものでない限り、これをもつて直ちに忠実義務に違反するものとはいえないと解すベきである。
 これを本件についてみるに、前認定事実によれば、山内一雄は一審原告会社の業務執行機関として、破綻に瀕した訴外会社に対し倒産を招くことを承知のうえで直ちに融資を打ち切るか、或いは多少の危険は覚悟しても漁期までのつなぎ資金を融資することによつて経営の好転を期す機会を持つかどうかの選択に迫られ、部内の意見をも徴したうえ積極策を採択して、訴外会社に対する管理を強化すると共に担保権を確保するための努力も講じてはみたが、期待していた盛漁期が到来する前に大徳水産が事実上倒産したものであつて、その経営判断の甘さを指摘される余地があるにしても、一審原告の親会社としての立場から、豊漁期の到来するまでつなぎ資金として融資を継続しようとしたことは、あくまで親会社のためよかれとしてしたことで、企業人としてそれなりの合理的選択の範囲を外れたものとは認め難く、それが期待を裏切られ結果的に会社に損失を生ぜしめたとしても、これをもつて直ちに取締役の忠実義務違反として指弾するのは相当でないというべきである。