経営判断原則を理由に取締役の責任を否定した名古屋地裁平成9年1月20日判決を紹介します。

【事案】
借入金の増加、利益率の低下のみられた取引先に対し担保割れの状態となる融資を決定した判断につき中京銀行の取締役に善管注意義務違反があるとはいえないなどして、代表訴訟に係る損害賠償請求が棄却された事案

【判旨】
1 当事者等
 原告は、訴外株式会社中京銀行(以下「訴外銀行」という。)の株主である。
 被告らは、それぞれ訴外銀行の取締役の地位にある。
2 訴外銀行の株式会社ジージーエスに対する貸付け及び損害の発生
(1)アトランタのホテル融資
 訴外株式会社ジージーエス(以下「訴外会社」という。)は、訴外銀行に対し、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)ジョージア州アトランタ市所在のホテル建物の買収、増築計画のための借入れを申し込んだ。訴外銀行は、平成元年九月ころ、常務会において右貸付けを決裁し、同社に一二億円を貸し付けた(以下この貸付けを「第一回貸付け」という。)。訴外銀行は、右貸付けの担保として、訴外会社から右建物及びその敷地(以下「本件建物等」という。)について、訴外三井海上火災保険株式会社と同順位の抵当権の設定を受けた。
(2)インパクトローン
 訴外会社は、訴外銀行に対し、平成二年初めころ、運用資産として超長期国債を購入するため借入れを申し込み、訴外銀行は、常務会において、インパクトローン極度額五億円の貸増しを決裁し、五億円を貸し付けた(以下この貸付けを「第二回貸付け」という。)。訴外銀行は、右貸付けの担保として、利札のない国債元本五億円を取得した。
(3)スタンドバイクレジット
 訴外会社は訴外銀行に対し、平成二年夏ころ、訴外会社の一〇〇パーセント出資している海外子会社である株式会社ジージーエスハワイ(以下「ジージーエスハワイ」という。)がハワイ銀行から融資を受けるため、一〇〇〇万ドルのいわゆるスタンドバイ・クレジット(支払承諾見返り)の発行を申し込み、訴外銀行は常務会において右スタンドバイクレジット発行(以下「第三回貸付け」といい、第一回貸付け及び第二回貸付けと併せて「本件各貸付け」という。)を決裁し、実行した。訴外銀行は、担保として利札のない国債の元本を取得した。
(4)損害の発生
 訴外会社取締役は、平成三年七月一一日東京地方裁判所に対し、会社の整理の開始を申し立て、訴外会社は、約二六〇億円の負債を抱えて事実上倒産した。訴外銀行は、平成四年三月期決算において、訴外会社の倒産に伴い、六億三八〇〇万円を債権償却特別勘定に組み入れた。よって、訴外銀行は、本件各貸付けにより右金額を下回らない損害を被ったものというべきである。
3 本件各貸付けの違法性及び被告らの責任
(1)昭和六二年四月一日から昭和六三年三月末日まで、同年四月一日から平成元年三月末日まで及び同年四月一日から平成二年三月末日までの各年度(以下順次「昭和六三年三月期」のようにいい、併せて「本件各期」という。)における訴外会社の売上高は、微増の状況であったにもかかわらず、支払利息は、三年間で約四六パーセント増大した。訴外会社の短期借入金は、三年間で約五七パーセント増大した。長期借入金は、三年間で約一一三パーセント増大し、これらに伴い、負債比率も三八七〇パーセントから四八四〇パーセントに増大した。訴外会社の経常利益は、三年間で約三六パーセント減少し、売上高経常利益率も五・三パーセントから、四・四パーセント、二・八パーセントへと減少し、金融費用対売上高費率は二四・一パーセントから、二八・〇パーセント、三〇・五パーセントへと増大した。このように、訴外会社は、昭和六三年三月を契機に業績が著しく悪化していたものである。
(2)訴外銀行においては、東京支店が訴外会社の所轄店舗であり、その支店長であった被告村井は、訴外会社から日常的に残表等により報告を受け、各決算期においては決算書類により説明を受けていた。訴外銀行東京支店が訴外会社から得た経営情報は、東京支店にとどまらず、訴外銀行の本店へも報告されていた。
(3)常務会構成員である被告らの行為の違法性及び責任
  ア 第一回貸付けについては、訴外銀行は、本件建物等の上に、各五〇パーセントの協調融資元であった三井海上と同順位の抵当権の設定を受けたのであるが、右貸付けは、訴外銀行にとって海外融資案件の第一号の事例であり、訴外銀行は、海外融資業務に精通していなかったものであるから、本件建物等以外にも担保を取得するなどして、慎重な担保徴求をすることが要請されていた。それにもかかわらず、右常務会構成員は、処分の容易性及び管理の簡便性に著しく欠ける本件建物等のみを抵当物件としたのみでその他に何らの担保を徴求することなく第一回貸付けを常務会において決裁した。訴外会社は、第一回貸付け以前に、米国においていわゆるレキシントンの訴訟を提起され、かつ、その事実がわが国においても広く報道され、イメージダウンを被っていた。しかるに、右常務会構成員は、右報道を承知しながら、第一回貸付けを決裁した。
  イ 第二回貸付けについては、訴外銀行は、利札のない国債のみを担保として取得したのであるが、金融業界にあって、利札と別に国債の元本のみの担保差入れを受けることは極めて稀有のことであり、訴外会社のそのような申入れ自体が経営状況の悪化を疑わせるものである。常務会構成員としても、国債元本を担保とするのは初めての経験であった上、利札のない国債元本の時価が額面の四〇パーセントであること、しかも元本のみでは国債を処分することは不可能であって担保処分の容易性を著しく欠くことを認識していたにもかかわらず、訴外会社の経営財務状況の悪化を十分調査することなく、常務会において漫然第二回貸付けを決裁した。また、第二回貸付け申込みの目的が超長期国債の購入にあることは、常務会において報告されていた。それにもかかわらず、常務会構成員は、貸付目的の面からの十分な審議もせず、購入した超長期国債を元本と利札とに分けてさらに借入れをし、いわば借入金倍々ゲームともいうべき運用を行う訴外会社の不健全きわまりない意図を看破し得ないまま、第二回貸付を決裁した。
  ウ 第三回貸付けの申込みが当初なされた平成二年夏当時には、訴外会社の経営状況、財政状況の悪化も決算書類等からより鮮明になっていた。それにもかかわらず、常務会においては、訴外会社の決算書類も配布されず、訴外会社の状況について売上高微増との説明がされたのみで、その経常利益及び金融費用対売上局比率を踏まえた十分な審議を行わないまま、各常務会構成員は、第三回貸付けを決裁した。第三回貸付けについても利札のない国債が担保として取得されているところ、前記(2)イのようなその問題性は、誰の目にも明らかであるのに、右常務会構成員は、この点につき何ら議論せず、第三回貸付けを決裁した。
  エ 右のとおり、本件各貸付けの当時における常務会構成員である被告らは、常務会構成員である取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違反する行為をしたものである。
(4)常務会構成員でない被告ら等の行為の違法性及び責任
 取締役会は、株式会社の意思決定機関であり、取締役会に究極の責任を認める法的システムが採られている。しかるに、訴外銀行においては、融資業務は日常的な業務であるとの理由から、最重要の貸出案件のすべてが常務会で専権的に意思決定され、取締役会に報告すらされておらず、何らチェックシステムが構築されないまま放置されていた。業務担当取締役及び常務会構成員以外の取締役は、取締役会の構成員であるから、右のようにチェックシステムを不備のままに放置したことにつき、忠実義務又は善管注意義務の違反がある。訴外銀行においては、常務会構成員でない取締役といえども、オブザーバーとして常務会に参加することはでき、決議事項について質問すること及び意見を表明することができた。しかるに、常務会構成員でない取締役及び業務担当取締役は、本件各貸付けが決裁された各常務会において、担保徴求手続の不当性、融資金額に相当する担保を徴求していないことによる危険性、訴外会社の財務内容の評価の誤りにつき、何の疑問も主張せず、融資に対する消極意見も表明しなかった。これは常務会構成員でない取締役及び業務担当取締役の忠実義務又は善管注意義務の違反というべきである。
(5)代表取締役である被告らの行為の違法性及び責任
被告らは、代表取締役として、訴外銀行の従業員を指揮監督すべき権限を有していた。したがって、右被告らは、被告合田、同片岡、及び同村井に対し(被告中野については、加えて同白石に対しても)、訴外会社への融資業務に付随する一切の業務執行を監視して、本件各貸付けにつき違法又は不当な融資業務をすることを防止し、もって訴外銀行に損害を被らせることがないように監督する義務を有していたにもかかわらず、それを怠った。右被告らには、この点について、代表取締役としての対内的業務執行上の過失があるというべきである。
3 裁判所の判断
(1)取締役の善管注意義務の内容
 取締役は、会社に対し、善良な管理者の注意をもって会社のため忠実にその職務を執行する義務を負い、この善管注意義務、忠実義務に違反し、会社に損害を被らせた場合会社が被った損害を賠償しなければならない。
 ところで、取締役はその職務を執行するに当たって、企業経営の見地から、経済情勢に即応し、流動的で多様な各般の事情を総合した合目的的、政策的な判断が求められることはいうまでもないが、会社経営は極めて波乱に富むものであり、多少の冒険とそれに伴う危険はつきものである。それ故、取締役が業務の執行に当たって、企業人として合理的な選択の範囲内で誠実に行動した場合には、その行動が結果として間違っており、不首尾に終わったため会社に損害を生ぜしめたとしても、そのことの故に取締役の注意義務違反があったとして責任を問われるべきでない。
 したがって、取締役が右の善管注意義務、忠実義務に違反したとされるかどうかは、当該取締役が職務の執行に当たってした判断につき、その基礎となる事実の認定又は意思決定の過程に通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるために、それが取締役に付与された裁量権の範囲を逸脱したものとされるかどうかによって決定すべきものである。
 原告が被告らの善管注意義務、忠実義務違反として主張するのは、いずれも金融機関である訴外銀行が顧客に対してする貸付けに関する事由であるところ、右の理によれば、このような金融機関のする貸付けが結果として回収困難又は回収不能となった場合であっても、当該貸付けを行った取締役の判断をもって直ちに善管注意義務、忠実義務の違反と断ずべきではなく、右判断に通常の企業人として看過し難い過誤、欠落があるかどうかを、貸付けの条件、内容、返済計画、担保の有無、内容、借主の財産及び経営の状況等の諸事情に照らして判断すべきことになる。
(2)常務会構成員である被告らの責任
ア 第一回貸付けについて
 原告は、まず、第一回貸付けについては、本件建物等は処分の容易性及び管理の簡便性に欠けるので、そのほかにも担保を徴求すべきであったとし、これをしなかったことが善管注意義務、忠実義務違反に当たると主張するが、本件建物等の処分が容易でなく、管理が簡便でないと評価すべき根拠について的確な主張立証はないし、成立に争いのない甲第四〇号証の一六、乙第一号証並びに被告村井及び同白石の各本人尋問の結果によれば、収益還元方式によって鑑定評価すると、第一回貸付け当時の本件建物等の時価は二五億円であることが認められ、本件建物等の担保価値は訴外銀行の被担保債権の価格を下回るものではないから、本件建物等が第一回貸付けの担保として不相当なものということはできない。
 原告は、次に、訴外会社はいわゆるレキシントンの訴訟を起こされたことによってイメージダウンを被っていたとし、それにもかかわらず貸付けをしたことが善管注意義務、忠実義務違反に当たるとも主張する。しかしながら、借主が第三者から訴訟を提起され、そのために借主の企業としてのイメージが低下したという事実があったとしても、そうであるからといって直ちに借主が返済困難に立ち至る危険が生ずるという関係が認められるものではないから、右のようにいうのみでは、第一回貸付けを認可した常務会構成員の判断に誤りがあったとは到底評価し得ない。殊に、前掲乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第四九号証の一、二、証人岩崎の証言並びに前記各本人尋問の結果によれば、右のレキシントンの訴訟なるものは、訴外会社とレキシントンホテルとの間のホテル管理委託契約の解除の成否を争点とするものであること、訴外会社はこれによって金員支払を命ぜられたわけではないことが認められるのであるから、なおのこと、右訴訟提起の事実の故に訴外会社に対する貸付けが合理性を欠くとか、貸倒れの危険を蔵していたとかといった評価をすることはできない。
 してみると、第一回貸付けを認可した常務会構成員の判断に善管注意義務、忠実義務違反があるとする原告の主張はいずれも失当というべきである。
  イ 第二回貸付け及び第三回貸付けについて
 前記一の当事者間に争いのない事実及び前記各本人尋問の結果によれば、訴外銀行は、第二回貸付けについては利札のない国債元本五億円を、第三回貸付けについては利札のない国債元本一〇億円をそれぞれ取得したこと、一般に利札のない国債元本の時価は、額面の四〇パーセントに過ぎないこと、そのことは、第二回及び第三回の各貸付け当時において常務会構成員である取締役にとって明らかであったことが認められ、この認定事実によれば、第二回及び第三回の各貸付けについては、当時の時価において、担保として差し入れられた右各国債元本の価格が各被担保債権価格を下回っていたこと、すなわち、いわゆる担保割れが生じており、常務会構成員はこれを知りながら各貸付けを認可したことが認められる。しかしながら、他方において、訴外銀行は訴外会社に対し昭和四八年ころから継続的に融資をしてきたが、融資額は順調に拡大し、昭和六三年四月には会社運転資金を中心に一〇億円程度となっていた。当時、訴外会社の業績が順調であったこともあり、右融資については、株式やゴルフ会員権を担保は徴求していたが、これらは融資額の半額を担保するものであり、その余はいわゆる裸与信であった。訴外銀行は昭和六三年六月ニューヨーク事務所を開設し、同事務所を将来支店に昇格して国際取引等を拡大する計画であり、訴外会社から融資先の紹介等の協力を期待していた。訴外会社との融資取引については、訴外銀行東京支店が所轄店舗である。昭和六三年四月に支店長になった被告村井は、日常的に訴外会社から取引先金融機関の残高一覧表等により報告を受け、各決算期においては決算書類により説明を受けており、訴外会社から得た経営情報は東京支店から本部へも報告されていた。訴外会社は、昭和四三年五月二九日設立され、当初ゴルフ会員権の売買・仲介業を主な業務内容としていたが、昭和五九年にジージーエスに商号を変更し、業務内容を拡大して、ファイナンス業務、海外不動産投資・販売、宝石の輸入販売をも取り扱うようになった。訴外会社が海外投資・販売部門に力を入れるようになったのは昭和六三年ころからである。訴外会社の営業収益は、昭和六三年三月期…と増加しているが、そのうち、売上高は、微増の状況にあった。これに対し、営業費用のうち、売上原価が増加し、また、支払利息が約四六パーセント増大したため、営業利益、すなわち営業収益から営業費用を差し引いたものは、昭和六三年三月期一九億六八〇〇万円…に留まった。訴外会社の経常利益は、三年間で約三六パーセント減少し、当期利益も、昭和六三年三月期六億八八〇〇万円…であった。支払利息の増加は短期借入金が、…訴外会社の平成二年度の営業収益三一九億三八一七万円の内訳は、ゴルフ会員権、宝石の各販売部門が一六九億四一三五万円。ファイナンス部門が一一二億四八四三万円、海外不動産の投資・販売部門が二八億一五三九万円、その他が九億三三〇〇万円であり、金融業務が大きなウェイトを占めていた。
岩崎は、訴外銀行に対し、平成二年の初めころ、利札のない超長期国債の元本を担保として、五億円の運転資金を融資を受けたい旨申し出、その際、他行からも右のような担保で融資を受けている旨述べた。利札のない超長期国債元本を担保とした融資は変則的であって、訴外銀行には、このような国債の担保価値を評価する内規もないし、その時点における時価評価は額面の四〇パーセント程度であると思われたので、被告村井は、右国債を担保とした場合、担保割れとなることを認識していた。しかし、被告村井は、訴外会社から同社の営業収益は三〇〇億円程度あり、営業利益も二〇億円程度上げているとの説明を受けており、同社の信用状況はよいと判断し(右当時、訴外会社の平成二年三月期の決算報告書は、いまだ作成されていなかった。)、東京支店内で協議し、その結果融資を実行するとの結論を出した。そして本部の融資部にも相談したが、融資部も同意見であったので、右申出に係る貸出申請書は、右融資部の決裁を経て、常務会において認可され、融資は実行された(第二回貸付け)。なお、利札のない超長期国債の元本が時価で額面の四割程度の価値しかないことは、常務会においても認識していた。
 訴外会社は、訴外銀行に対し、平成二年五、六月ころ、一〇〇〇万ドルのスタンドバイクレジット融資を申し込んだ。訴外会社が申し出た担保は利札のない超長期国債の元本一〇億円である。当時、訴外会社の平成二年度決算報告書が公表されていたが、これによれば借入金が顕著に増大しており、売上高経常利益率は二・八パーセントに減少し、金融費用対売上高比率は三〇・五パーセントと高率であった。また、訴外会社が米国においてレキシントンホテルから訴訟を提起されたことが報道されていた。このような不安要素にもかかわらず、訴外会社の営業収益は、三〇〇億円台で増加しており、経常利益は、減少していたものの一〇億円程度あったので、訴外会社を自己資本の比率のもともと少ない金融業の基準で評価すると、その信用状態はなお良好であると判断する余地があった。そこで、東京支店の被告村井は本部と相談の上、貸出申請書を作成し、右貸出申請書は、融資部の決裁を経て、常務会において認可され、融資は実行された(第三回貸付け)。右貸付については、利札のない国債元本一〇億円が差し入れられたが、それは信用補完的な意味合いでとられた措置であり、担保割れであることは、常務会の右認可においても前提とされていた。
 平成二年の後半から始まった金融引締め、具体的には不動産融資の総量規制と金利の上昇によって、バブル経済が崩壊した。金融引き締めにより、訴外会社の中心的な商品であるゴルフ会員権の相場の著しい下落を招き、また、不動産融資の総量規制により、金融機関からの融資を著しく困難ならしめ、ノンバンク・外国銀行を中心に訴外会社に対する融資金の引揚げがされたので、訴外会社のファイナンス部門は打撃を受けた。また、同年末から平成三年にかけて湾岸戦争による米国経済の停滞等により、訴外会社が力を入れていた海外不動産投資の成績が低迷した。これらの原因により、平成二年後半から訴外会社の資金繰りは急速に苦しくなった。訴外銀行は、訴外会社に対し、平成三年のスタンドバイクレジットの更新の際、現状のままでは保証期限の延長は困難であると告げ、追加担保を求めたが、既にめぼしい資産には担保権が設定され、もはや訴外会社に余力はなかった。
 以上の事実が認められる。
 借入金の増加、収益に対する利益率の減少は、会社経営の健全性に対する警告の指標ではあるが、業を拡大し先行投資に力を入れている企業においては時として見受けられる現象でもあり、営業収益が増加している平成元年度(平成二年三月期)当時においては、訴外会社の経営が順調に推移していると判断したとしても、その判断に重大な過誤があったということはできない。また、その後訴外会社は倒産するに至ったが、その直接の原因は平成二年後半から始まった金融引締め、具体的には不動産融資の総量規制及び金利の上昇によってもたらされたいわゆるバブル経済の破綻や湾岸戦争による米国経済の停滞等にあり、これらの事情は訴外会社が第二、三回貸付けを決裁する際には予見することのできるものではない。勿論、このような経済変動に対応しきれなかった訴外会社の財務体質の弱さにも倒産の原因はあるものの、バブル経済の破綻等の大きな経済変動によって初めて財務体質の弱さが顕在化したともいえるのであって、右財務体質の弱さに配慮しなかったことをもって、判断に過誤があったというべきではない。さらに、訴外会社の業績が好調であると判断していたことに加え、訴外会社は訴外銀行と比較的長期にわたる取引歴があるが、その取引は順調に推移し事故等が起こったことがないばかりか、訴外銀行が国際取引を展開する上で協力を期待できる優良な取引先であると訴外銀行は判断していたのである。
 確かに、利札のない国債元本を担保とすることは異例であるが、訴外会社は従前からそのような担保で他の取引銀行から融資を受けており、訴外会社は経営状態が悪化してきたから右の申出をしたわけではない。また、利札のない国債元本を担保として国債元本相当額の融資をすれば、いわゆる担保割れの状態になることは明らかであるが、訴外会社の常務会は右事情を承知の上で、前記認定のとおり、訴外会社の業績、これまでの取引実績、将来性、訴外銀行の国際取引における訴外会社の協力等の政策的判断に基づいて、融資を決定したのである。
 貸付けの安全性を旨とする銀行業務としては十分な担保を徴求することは望ましいことであるが、右の事情を総合判断して融資を決定した訴外銀行の意思決定の過程には通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があったとは認めることはできない。
  3 以上のほか、本件各貸付けについて、常務会構成員のこれを可とした判断に通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるというに足りる事実の主張立証はない。
 そうすると、常務会構成員である被告らの行為に善管注意義務、忠実義務違反があるということはできないことになる。
(3)常務会構成員でない被告らの責任
金融機関においては融資は通常の業務執行に属することであり、取締役会よりも機動性に富んだ常務会の専決に任せることには、優に合理性を肯定することができる。しかも、常務会には、その構成員でない取締役も参列して意見を述べることも可能であった(当事者間に争いがない。)から、常務会の決定に違法又は不当な点を発見した場合には平取締役といえども取締役会の開催を求めるなどして、これを是正することも可能であったのである。そうであるとすれば、融資案件を常務会に専決させたことが善管注意義務、忠実義務違反であるという余地はなく、また、専決を監督する手段が確保されていなかったということもできない。原告の右主張を採用することはできない。
(4)代表取締役である被告らの責任
 原告は、代表取締役である被告らは、訴外会社の経営状態が悪化したことを認識していたにもかかわらず、本件貸付けにつき適切な債権回収の方途に出なかったとし、この点に善管注意義務、忠実義務違反があると主張する。しかしながら、訴外会社の経営状態が悪化したことが明らかとなった平成三年ころには、訴外銀行は、訴外会社に対し、追加担保を求めたが、担保余力がなかったことは前認定のとおりであるから、訴外銀行における債権管理の手落ちにより本件各貸付けにつき回収不能が生じたということはできない。
(5)結語
 以上によれば、その余の点についてみるまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。