東京地判平成20年8月29日判決を題材に、製造物責任が争われたケースにおける製造者、輸入者等の法的責任についてみていきます。

(ケース)
 本件は、Yが輸入した中国製電気ストーブをX1がAの経営する店舗で購入し、X1・X2間の子であるX3が自室で使用したところ、同ストーブから有害な化学物質が発生し、この化学物質を原因とする中枢神経機能障害及び自律神経機能障害を発症した上、化学物質過敏症の後遺障害が残存したとして、XらがYに対し、製造物責任法又は不法行為法に基づき、約1億円の損害賠償を求めた事案。Yは、電気ストーブから化学物質が発生していないか、又は発生しているとしても人体への影響がない程度のものであるとして、因果関係を争った。
 なお、Xらは、本件に先立ち、販売者Aを相手どって、債務不履行、不法行為又は製造物責任法に基づき、5億円の損害賠償を求めていた。1審は、化学物質が発生したことは認めたが、X3の症状が化学物質の曝露によるものかは不明であるとして、因果関係を否定してXらの請求を棄却したが、控訴審は、因果関係を認め、X3の不法行為に基づく損害賠償請求の一部を認容した。

(判決)
1 Yは、X3に対し、27万円及びうち19万円に対する平成13年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 X1及びX2の請求並びにX3のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用
4 仮執行宣言

(争点)
1 本件症状と本件ストーブ使用との因果関係
(1)認定事実
① 本件ストーブ使用前後のX3の健康状態
X3は本件ストーブ使用前、定期健康診断等で健康上の問題がなかった。本件ストーブを、勉強するに対し、机の下の足の脇に置き、平日は3時間から6時間、休日は8時間使用した。ストーブ使用後、1週間から10日経過したころ、鼻の粘膜に不快感、腹部不快感を覚え、病院の診察を受けた。診断はつかなかったが投薬を受けた。その後、手足に力が入らないほか、関節の伸展ができなくなるなどの運動障害が生じた。その後、入院するなどした。入院先では脳幹脳炎を疑ったが確定診断ではなかった。現在、X3は東大医学部に在籍しているが、化学物質の匂いに過敏な状態が続いており、大学の授業で化学物質を使用するような場合には、教室の外に出るようにしている。
② 本件ストーブによる化学物質の発生
化学物質評価研究機構の試験報告によれば(本件に先立つ訴訟のAによる調査)、ストーブ稼働開始後に、ガード部分に塗布された有機系塗料が高温にさらされ、様々な成分が空気中に放出されることが分かり、主成分としてはフェノールであることが報告されている。
Yは株式会社環境管理センターの測定結果報告書よれば(本件のYによる調査)、アセトアルデヒド、アセトン、ホルムアルデヒド、フェノール、クレゾールが微量排出されていることが分かった。同報告書は数値に間違いがあることが分かり、後日訂正されている(認定では信用性がないものされた)。
③ 知見
(ア)化学物質過敏症
(イ)化学物質の診断基準
(ウ)化学物質の毒性
④ 医師の診断及び意見2通
(2)判断
「上記認定上記認定事実によれば、①原告X1は、本件ストーブの使用を始めた平成13年1月27日以前は、健康上、何ら問題を有していなかったものであるところ、②本件同型ストーブを用いた試験、実験では、本件同型ストーブから、人に健康被害を生じさせる可能性のあるアセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、フェノール、クレゾールをはじめとする化学物質が複数発生し、その量は、旧厚生省が定めた総揮発性有機化合物量(TVOC)を上回るものであったこと、③原告X1の本件症状は、本件同型ストーブから発生した化学物質によって人体に生じるとされる症状と矛盾するものではないこと、④原告X1は、本件ストーブを使用中に換気することもなく、約1か月間、連日3時間ないし8時間、足下に置いて使用したものであり、使用の態様も、上記化学物質が同原告の居室に拡散する前にこれに暴露する可能性のあるものであったこと、⑤C医師は、本件ストーブから放散された有害化学物質が原告X1の本件症状の発症原因であると判断しており、B医師も、原告X1の眼の症状について同様の判断をしていることが認められ、これらを併せると、原告X1の本件症状は、本件ストーブにより発生した化学物質を原因とするものであったと推認するのが相当」と判断された。
Yはこれに対し、本件ストーブからの化学物質の発生、発生量、同種被蓋の不存在、本件ストーブ以外の原因、曝露態様等について反論するも、いずれも排斥されている。
2 本件ストーブの欠陥
「前提となる事実及びこれまでに認定した事実によれば、本件ストーブは、ヒーター部分とガード部分の距離が2.5cmしかなく、ガード部分は、稼動2分後にはその一部が283℃に達する構造であるところ、ガード部分に塗布された塗料には、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、チタン顔料等の原料が使用されており、ガード部分が加熱されることによって、人に健康被害を発生させ得る有害な化学物質が発生するものであったことが認められる。これらの事実によれば、本件ストーブは、通常有すべき安全性を欠いており、製造物責任法3条に定める欠陥があったと認めるのが相当」と判断された。
3 製造物責任法4条1項(開発危険の抗弁)
「前提となる事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。ア 東京消防庁は、昭和40年ころから、消防科学研究所報に、火災に伴って発生する新建材(プラスチック)の熱分解生成ガスの毒性に関する研究を掲載していた。イ 読売新聞は、昭和56年5月21日及び同月22日、建材や家具に使われている合板の接着剤から発生するホルムアルデヒドの危険性について報道していた。ウ 平成2年4月19日ころ、治療等を担当した医師らにより、塗装用タールエポキシ樹脂の加熱作業で中枢及び末梢神経障害を発症した急性中毒の事例が2例報告された。エ 平成3年に発行されたG責任編集「×××」168頁(H発行)には、プラスチックを熱分解することにより、ホルムアルデヒドやフェノール等の化学物質が発生すると記述されていた。オ 読売新聞は、平成8年4月19日、シックハウス症候群につき、建材からしみ出るホルムアルデヒド、トルエン、有機リンなどの有害化学物質が、何らかの形で影響しているのは間違いないとの指摘を報道した。カ 旧厚生省は、平成9年ころ、化学物質過敏症の診断基準を示していた。」「上記認定事実によれば、被告は、遅くとも本件ストーブを輸入した平成12年末ころまでには、本件ストーブのガード部分に使用されたエポキシ樹脂が加熱されることより、有害化学物質を発生し得ること、これらの有害化学物質により、健康被害を引き起こすことがあることを認識し得たと認められ、本件ストーブを引き渡したときにおける科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物に上記認定の欠陥があることを、認識することができなかったとは認められない。以上検討したところによれば、被告には、本件ストーブにつき、製造物責任法3条所定の責任があるというべきであり、これによって生じた損害を賠償する責任がある」と判断された。
4 損害
  結局のところ、14級相当の後遺障害を認めた(67歳まで)。
5 消滅時効
  Yの主張を排斥
6 過失相殺
  Yの主張を排斥
7 損害の填補
先立つ訴訟において、Aが賠償額を支払っている。AとYは、不真正連帯債務の関係に立つことから、Aの支払はYの債務にも効力を有する。