不正競争防止法において保護される営業秘密について、大阪地裁平成30年3月15日(営業秘密に関連する判断部分)を題材にみていきます。
(不正競争防止法2条6項)
「この法律において「営業秘密」とは、『秘密として管理されている』生産方法、販売方法、その他の事業活動に『有用な技術上または営業上の情報』であって、『公然と知られていない』もの」をいう。」
要件は、①『秘密として管理されている』(秘密管理性)、②『有用な…情報』(有用性)、③『公然と知られていない(非公知性)』となります。
(ケース)
医療用器具を販売している会社であるX社(原告)が、X社の元代表取締役である被告P1(以下「被告P1」という。)及び被告P1が関与して同器具の販売を始めた被告Q株式会社に対し、P1がXの顧客情報をQに不正開示又は不正使用したとして、営業の差止請求、営業秘密の使用差止請求及び廃棄請求等を行った。P1及びQは、営業秘密該当性を争ったが、下記のとおり営業秘密に該当すると判断されました。

(主文、一部抜粋・編集。以下同様)
1 被告P1は、別紙「取引先情報目録」別紙①の番号82及び207記載の者に関する同別紙①記載の情報を、営業活動に使用し、又は第三者に開示・使用させてはならない。
2 被告Qは、別紙「取引先情報目録」別紙①の番号207記載の者に関する同別紙①記載の情報を、営業活動に使用し、又は第三者に開示・使用させてはならない。……
(前提事実)
(1) 原告と被告P1の関係
「被告P1は、製薬会社を退社した後、原告の設立当初からその代表取締役の地位にあったが、平成25年2月の株主総会で退任した。」
原告は、被告P1が代表取締役を退任するまでの時点において、顧客名簿に相当する別紙「取引先情報目録」別紙①記載の情報(以下「原告の顧客名簿」という。)及び各顧客の購入履歴に関する同別紙②及び③記載の情報(以下「原告の顧客履歴」といい、原告の顧客名簿と併せて、それらに係る情報を「原告の顧客情報」という。)を保有していた。
(2) 被告P1が原告に差し入れた誓約書
「被告P1は、平成25年7月31日、原告に対し、「私は、貴社から退職慰労金を受領するにあたり、貴社に対し、以下の点をお約束致します。」との記載が前文にある本件誓約書を差し入れた。本件誓約書の1項及び2項には、以下のとおりの規定がある。
1項 退職慰労金は、私が貴社の社長として、設立から今日に至るまでの間、貴社の発展に尽力してきたことの対
価として、受領致します。従って、貴社の現在及び将来の営業活動を妨げる虞のある行為はもちろんのこと、貴社の将来の発展を妨げる虞のある行為は致しません。ただし事前に貴社より文書にて合意を取得している場合はその限りではありません。
2項 私が在任中に取得した貴社に関する情報は全てこれを秘密として取扱い、これを他に漏洩しません。また、いかなる方法で開示を受けたかにかかわらず、秘密として管理される知識、ノウハウ及びその他の情報に関しても同様に、これを他に漏洩しません。ただし事前に貴社より文書にて合意を取得している場合 はその限りではありません。」
(3) 被告Qと被告P1の関係(争いのない事実、弁論の全趣旨)
「被告Qの営業先には、原告の従前の顧客等が含まれていた。被告P1は、被告Qの医療用器具の営業活動に関わっていた。」
(当裁判所の判断)
争点2(原告の顧客情報の営業秘密該当性の有無)について
当裁判所は、原告の顧客情報は、営業秘密の要件を満たすと判断した。以下、詳述する。
(1) 有用性・非公知性
ア 原告の顧客名簿は、各顧客の名称、連絡先、担当者等からなり、原告の顧客履歴は顧客の購入履歴からなる。 この点、原告が販売していた商品は、…新型の医療器具である(争いのない事実、弁論の全趣旨)ところ、既に従来からある器具ではなく新型の器具を購入している者は、従来からある器具を購入している者と比べれば、新型の器具を購入することへの心理的な抵抗感は小さいと考えられる。そうすると、原告の顧客情報は、新型の器具を販売しようとする者にとって、手探りで顧客を開拓することになる場合と比べて、より成約に至る可能性がある者に営業活動を効率よく行うことを可能にするものであるから、有用な情報である。また、原告の顧客情報、取り分け顧客履歴は、掛けるべき営業活動の規模、タイミングを検討する際の有用な情報である。
そして、原告の顧客情報は、原告が営業活動をする中で独自に蓄積していったものであり、原告の管理下以外では一般的に入手することができない状態にあることから、非公知性も認められる。
なお、原告が主張する顧客情報の中には、原告の直接の顧客ではなく、原告製品の販売店が同商品を販売した顧客の情報も含まれており、そのような顧客の情報は販売店が原始的に取得した情報である。しかし、販売店の顧客であっても、原告製品のユーザーであることに変わりはないから、その情報を原告が販売店と並んで保有している以上、原告もその顧客情報の保有者というに妨げないというべきである。
イ これに対し、被告らは、原告の顧客情報は、当該顧客に問い合わせるなどすれば容易に入手できるものであるから、公知であって、有用性を欠くものであると主張する。
確かに、原告の顧客の中には、原告の顧客情報にあるような情報について尋ねられれば回答するという対応を取る者もいるであろう。しかし、原告の顧客情報の有用性は、上記アのとおり、より成約に至る可能性がある者に営業活動を効率よく行うことを可能にするというところにあるのであって、当該顧客にまで到達すればその顧客から個別の情報を入手できるとしても、そもそもどの顧客が原告の顧客であるかを営業前に知ることが困難なのであるから、被告らの指摘する事情をもって新型の医療器具を採用する原告の顧客情報の有用性や非公知性が否定されるものではない。また、原告の顧客のうちの大学や健康診断実施機関等は、医療検査を行う機関として公知ではあるが、それらが原告の顧客であるか否かが営業前に知られているとは認められないから、それによっても有用性や非公知性は否定されない。
したがって、原告の顧客情報に有用性・非公知性がないかのようにいう被告らの主張は採用できない。
(2) 秘密管理性
ア 当該情報が「秘密として管理されている」というためには、当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにするための措置をとっていることが必要であるが、本件では、問題にされている被告P1が、原告の代表取締役という自ら秘密管理を行う立場にあった者であることを考慮する必要がある。
イ 証拠…によれば以下の事実が認められる。
(ア)原告の顧客情報は、…電磁データとして管理されており、このコンピュータを起動させるためにはパスワードを入力する必要があったほか、顧客情報の電子データにアクセスするためにも別のパスワードを入力する必要があった。
(イ)被告P1が代表取締役として作成し、P2及びP5(業務委託者)と取り交わした上記の「販売協力に関する業務委託契約書」には、「受託者は、本契約の履行により知り得た本商品にかかる機密事項または委託者の企業秘密を本契約終了後といえども第三者に開示、漏洩しない。」との条項が置かれていた。」
ウ 以上からすると、被告P1は、原告の代表取締役として、顧客情報が記録されたファイルにパスワードを設定する措置を自ら採っていたということができる。また、被告P1は、顧客情報に接するP2ら業務受託者との契約書中で、原告の企業秘密の漏洩を禁じているところ、被告P1が代表取締役であったことからすると、この企業秘密の中には前記のような有用性と非公知性を有する原告の顧客情報を含むことを想定していたと推認される。これらからすると、被告P1は、自ら原告の顧客情報を秘密とする措置を採っていたと認められる上、代表取締役の退任後、本件誓約書の2項で、在任中に取得した原告に関する情報を漏洩しない旨を約しているから、原告の顧客情報の秘密管理性を認めるのが相当である。
また、被告P1が自らこのような措置を採り、また本件誓約書でも秘密保持を約していることからすると、被告P1については、代表取締役として記憶した顧客情報についても、秘密管理が及んでいたと認めるのが相当である。
エ これに対し、被告らは、①営業担当の契約社員が、自己が担当していない顧客の情報についてもアクセスすることができたこと、②原告の顧客は、自己の納入価格について、原告から守秘義務を掛けられていなかったことなどに照らせば、原告の顧客情報には秘密管理性が認められないと主張する。
しかし、①について見ると、P2及びP5に対しては、契約書で原告の企業秘密の漏洩を禁止しているのであるから、同人らが自己の担当以外の顧客の情報にアクセスできていたとしても、秘密管理性に欠けるところはないというべきである。また、②についてみると、確かに原告が顧客に守秘義務を掛けていたとは認められないが、どの顧客が原告の顧客であるかが一般に知られていたとは認められないから、顧客に到達すればその顧客に係る情報を教えてもらえるとしても、その顧客に係る情報の秘密管理性に欠けるところはないというべきである。」