第1 パワーハラスメントの定義等
1 パワーハラスメントとは
 パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える行為又は職場環境を悪化させる行為をいい、その行為類型としては、①暴行・傷害(身体的な攻撃)、②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)、③隔離・仲間はずし、無視(人間関係からの切り離し)、④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)、⑤業務上の合理性なく、能力や経験値とかけ離れた程度の低い仕事を命じされることや仕事を与えないこと(過小な要求)、⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)があるとされている。
2 違法性の判断枠組み
 当該行為が業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものと評価できるか(名古屋高金沢支部平成27年9月16日労働判例ジャーナル45号24頁等)。
  
第2 問題の所在
 パワーハラスメント該当性が否定される場合においても、使用者が従業員に対する安全配慮義務違反に基づき損害賠償義務を負うか。
 安全配慮義務について、最二判平成12年3月24日民集54巻3号1155頁は、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の前記注意義務に従って、その権限を行使するべきである」と判示している。

第3 徳島地裁平成30年7月9日判決判例時報2416号92頁(控訴後、和解) 
1 事案の概要
 本件は、被告の従業員であったA(以下「A」という)の相続人である原告が、被告に対し、Aが被告の他の従業員からパワーハラスメントを受けて自殺したと主張して、Aの被告に対する使用者責任または雇用契約上の義務違反による債務不履行責任を追及した事案である。
 被告の使用者責任(Aの上司によるパワーハラスメントの有無及びAの所属課の責任者のハラスメント防止措置の懈怠)及び債務不履行責任(Aの所属課の責任者による職場環境配慮義務違反)の有無が問題となった。
2 裁判所の判断
 裁判所は、Aの上司らによるAに対する指導注意について、パワーハラスメント該当性を否定した。
 しかし、Aの所属課の責任者が、Aと上司らの人間関係に関連して、Aが所属課の異動や自殺願望を訴えていることを了知していたこと、Aの体重が著しく減少していたことなどの事情から、Aの所属課の責任者は、Aの異動等の措置をとるべきであったとして、Aに対する職場環境配慮義務違反を認めた。

第4 裁判例のポイント
 パワーハラスメントなどの具体的な違法行為がない場合においても、社内の人間関係等に起因して、社員の精神面、体調面に異変が生じ、それを会社の責任者が了知している場合においては、会社としては、当該社員の職場環境改善のための具体的措置を講じなければ、職場環境配慮義務違反を理由とする賠償責任を免れない可能性がある。
 また、当該裁判例は、Aの所属課の責任者において、Aが上司らとの人間関係に関連して、何らかのトラブルを抱えていることを容易に知り得たことから、外部通報や内部告発がなされていないからとって、Aについて何らの配慮が不要であったということはできないと判示している。
 したがって、相談窓口や内部通報制度が整備されている場合において、相談窓口への相談や内部通報がなかったとしても、会社が社員のトラブルを具体的に了知している場合には、会社として、社員に対する職場環境配慮義務を免れない可能性がある。
 当該裁判例は、社員の労働環境に起因するトラブルについて、会社として危機管理を行うにあたり、参考になると言える。