不正競争における「秘密保持契約」の有効性について、平成20年11月18日東京地方裁判所判決(「秘密保持契約」の有効性に関する部分)を題材にみていきます。
(ケース)
原告に雇用されていた被告が,在職中及び退職時に締結した機密保持契約(車両等の修理等に関する技術)に基づく競業避止義務に違反したとして,損害賠償及び遅延損害金の支払並びに上記義務に違反する行為の差止めを求め、原告の請求が認められた。
(前提事実)
(1)原告
原告は,米国籍会社であるA Inc.との間で,同社が事業化している車両外装のリペア(修復)を中心とした事業についての日本国内における独占的実施契約を締結し,上記契約に基づき,日本国内において「TOTAL REPAIR」の名称で上記事業をフランチャイズ商品化して加盟店募集及び加盟店指導業務を行っている。
原告は,米国籍会社であるB Inc.との間で,同社が事業化している家具・車両内装のリペア(修復)や色替えを中心とした事業についての日本国内における独占的実施契約を締結し,上記契約に基づき,日本国内において「INTERIOR REPAIR」の名称で上記事業をフランチャイズ商品化して加盟店募集及び加盟店指導業務を行っている。
原告は,上記トータルリペア事業・インテリアリペア事業のいずれについても,直営店「トータルリペア戸田ショップ」において自ら事業を行っている。
(2)被告
被告は,平成2年6月に原告に入社し,平成15年8月に一身上の都合を理由に退職届を提出して同年9月に退職した。
原告は,平成7年12月にインテリアリペア・デントリペア・エクステリアリペアの3業種につき「TOTAL REPAIR」事業として導入し,被告は,同月から平成8年4月まで,この3業種の技術習得のために米国研修(渡米4回)及び国内における事業立上げの準備に従事した。同年5月から平成14年11月には,被告は,原告パートナーサポート事業部に所属し,インストラクターの地位にあって,加盟店への技術指導及び車関連事業の直営施工を担当した。同年12月~平成15年8月には,被告は,特殊メンテナンス事業部(原告直営業務のうち上記車関連事業以外の事業を行う部署)に所属していた。
(3)競業避止義務に関する合意の存在
ア 原告就業規則32条4号には,「会社の業務上の機密および会社の不利益となる事項をほかに洩らさないこと(退職後においても同様である)」との記載が存する。
イ 原告は,上記(2)の事業導入時に,機密保持の必要性から従業員との間で機密保持契約を取り交わした。被告は,原告に対し,平成8年3月,機密保持・競業避止義務の確認,損害賠償の約定(いずれも退職後も含む)を記載した機密保持誓約書に署名押印して提出した。
ウ 被告は,原告に対し,退職時の平成15年8月24日,機密保持の確認・競業避止義務の確認・損害賠償の約定(いずれも退職後も含む)を記載した機密保持誓約書に署名押印してこれを提出した。同誓約書の内容は,上記イのそれとほぼ同様であるが,「機密事項」について,「A①販売先,仕入先,提携先,輸入先のデータや名簿(以下略)」との記載があり,また,「在職中,B①~B④の事項を知り得る立場に在り,また技術,知識を習得できる職に在った場合は,貴社を退職した後も次の行為を行わないことを約束します。
4)貴社のフランチャイジー,代理店等として開業する場合を除き,同じ商品を取り扱っている又は取り扱う予定がある事業を無断で自ら開業,設立すること」
との記載がある。
(4)被告の行為
被告は,平成15年12月から本件口頭弁論終結時に至るまで,「R」の屋号で,原告のインテリアリペア類似事業及びデントリペア類似事業を自ら開業して行っている。
(裁判所の判断)
1 競業避止義務の範囲について
(1)被告は,原告との間で,前記争いのない事実(3)のとおり,競業禁止に関する合意をしている。このうち,ア及びイのものは,「退職後を含む。」というような記載が形式的に付け加わっているが,在職中の競業行為を禁止することを主眼とするものと考えられる。これに対し,ウのそれは,退職後の競業を主眼として,明示的に禁止する趣旨のものといえる。
一般に,従業員が退職後に同種業務に就くことを禁止することは,退職した従業員は,在職中に得た知識・経験等を生かして新たな職に就いて生活していかざるを得ないのが通常であるから,職業選択の自由に対して大きな制約となり,退職後の生活を脅かすことにもなりかねない。したがって,形式的に競業禁止特約を結んだからといって,当然にその文言どおりの効力が認められるものではない。競業禁止によって守られる利益の性質や特約を締結した従業員の地位,代償措置の有無等を考慮し,禁止行為の範囲や禁止期間が適切に限定されているかを考慮した上で,競業避止義務が認められるか否かが決せられるというベきである。
ところで,このうちの競業禁止によって守られる利益が,営業秘密であることにあるのであれば,営業秘密はそれ自体保護に値するから,その他の要素に関しては比較的緩やかに解し得るといえる。原告は,原告のデントリペア及びインテリアリペアにおける補修・修理の技術,並びに顧客情報が営業秘密であると主張するので,以下この点につき検討する。
(2)営業秘密該当性について
営業秘密として保護されるには,①秘密管理性,②非公知性,③有用性,が必要であると解される。
ア 非公知性の要件について
まず②の非公知性の要件について検討する。…確かに,各技術は,原告以外にも教えている業者がいて,事業としてこれを実施している業者も存するが,原告のようにフランチャイズ事業をしている事業者が他にないせいか,原告から習得した以外の業者はまだ非常に少数であり(殊にインテリアリペア技術),一般的に知られている技術とはいえないと認められる。
イ 秘密管理性の要件について
上記アのように,日本国内でこの技術を導入するには,原告からするか,アの業者から得るかするしかない。
原告では,従業員及び退職者(退職者に対しては,退職願の定型書式にも機密保持特約が確認されている。)に対しては,前記争いのない事実(3)のとおり,秘密保持義務を課している。証拠によれば,機密保持誓約書では,機密事項の対象として「B② 導入,開発した商品・システム・組織・技術等の内容とノウハウ」等を定め,原告の「フランチャイジー,代理店等として開業する場合を除き,同じ商品を取り扱っている又は取り扱う予定がある事業を無断で自ら開業,設立すること。」を禁止している。また,原告では,フランチャイジーとも,事業に関するノウハウ,マニュアル等の資料に関し,秘密保持特約を結んでいる。以上からすれば,原告の前記技術は,営業秘密として管理されていると認められる。
ウ 検討
上記に検討したところからは,デントリペア及びインテリアリペアの各技術の内容及びこれをフランチャイズ事業化したところに,原告の独自性があるということができ,一般的な技術等とはいえないというべきである。このような点に鑑みると,上記は,不正競争防止法(2条1項7号,6項)にいう営業秘密には厳密には当たらないが,それに準じる程度には保護に値するということができる。被告がフランチャイジーに技術を教えるインストラクターの地位にあり,原告が,被告に高度な技術を身につけさせるために多額の費用や多くの手間をかけたとの事実を併せ考慮すればなおさらである。…。
(3)被告が負う競業避止義務の範囲について
上記判示のとおり,原告の技術は,営業秘密に準じるものとしての保護を受けられるので,競業禁止によって守られる利益は,要保護性の高いものである。そして,被告の従業員としての地位も,インストラクターとして秘密の内容を十分に知っており,かつ,原告が多額の営業費用や多くの手間を要して上記技術を取得させたもので,秘密を守るべき高度の義務を負うものとすることが衡平に適うといえる。また,代償措置としては,証拠及び弁論の全趣旨によれば,独立支援制度としてフランチャイジーとなる途があること,被告が営業していることを発見した後,原告の担当者が,被告に対し,フランチャイジーの待遇については,相談に応じ通常よりもかなり好条件とする趣旨を述べたこと,が認められ,必ずしも代償措置として不十分とはいえない。そうすると,競業を禁止する地域や期間を限定するまでもなく,被告は原告に対し競業避止義務を負うものというベきである。