1 採用における問題
使用者が労働者を採用する場合、募集、採用の内々定、採用内定、採用後の試用期間を経て、本採用に至るなどといった過程をたどります。そのため、各過程において使用者と労働者の調整が必要となり、多くの問題に直面します。それらの問題についての法律や判例法理を前提にして採用を行うことで、問題の発生を未然に防ぐことができ、さらに、問題が発生してしまった場合にも適切な対応を行うことができます。

2 採用と採用自由の原則
採用とは、使用者が労働者を企業に雇い入れることをいいます。
使用者は、法律その他による特別の制限がない限り、どのような労働者を、どのような選考方法によって雇入れるかを、自由に決定することができます(採用の自由。三菱樹脂事件・最大判昭和48年12月12日)。

3 労働者の選考の自由(どのような労働者を雇い入れるか)
使用者は、応募してきた求職者の中うち、誰を選択して労働契約を締結するかを、基本的に自由に決定することができます。
そして、この使用者の自由は、労働者の思想・信条の自由(憲法第19条)や法の下の平等(憲法第14条)によって制限されることはありません。なぜならば、憲法19条や14条は、国や公共団体が個人の思想・信条の自由を侵害したり、個人を平等に取り扱わなかった場合に適用されるものであり、私人間の関係を直接規律するものではないからです。そして、私人間においては公序良俗(民法第90条)や不法行為(民法第709条)の問題が生じますが、労働者の思想・信条を理由とする雇入れの許否は、個人の基本的な自由や平等に対する侵害の態様・程度が社会的に許容し得る限度を超えているとはいえず、直ちに同規定を適用することもできないとされています。
さらに、使用者の有する労働者選考の自由は、労働基準法第3条の均等待遇の原則によって制限されることもありません。なぜならば、労働基準法第3条は、雇入れ後における労働条件の差別を禁止する規定であり、雇入れについては適用されないからです。

4 選考方法についての自由(どのような方式で選考するか)
最高裁は、思想・信条を理由に労働者の雇入れを拒んでも違法ではないと判断しています。また、使用者が労働者の採用決定にあたってその思想・信条を調査し、これに関連する事項について申告を求めることも許されるとしています(三菱樹脂事件・最大判昭和48年12月12日)。

5 雇入れの自由(労働契約を締結するか)
使用者の行った不採用決定が、違法または不適切な選考基準や選考方法によるものと判断されたとしても、使用者はその労働者の採用を義務付けられるわけではありません。使用者は、採用の自由を有しているため、法律の定める場合を除いて、いかなる理由によっても労働契約の締結を強制されることはないのです。
したがって、例えば差別等といった違法または不適切な理由によって採用拒否がされたときには、労働者は不法行為に基づく損害賠償(民法第709条)により責任追及をすることができるにとどまります。
また、使用者に労働者の選択方法の自由が認められている以上、仮に思想・信条を考慮して採用を拒否した場合でも、それが採用拒否の決定的な理由でなければ、損害賠償責任も認められません。そして、使用者には採用拒否の理由を明らかにしない自由もあるので、労働者側が思想・信条が採用拒否の決定的な理由とされたことを立証するのは極めて困難といえます(慶応大学附属病院事件・東京高判昭和50年12月22日)。

6 採用の自由が認められる程度
使用者には採用の自由が認められています。もっとも、採用は、使用者と労働者の雇用関係を構築するための第一歩であることを考えると、思想・信条、医療に関する事項及び社会的差別の原因となる事項のような「センシティブ情報」の収集は、個人情報保護法の目的(同第1条)やプライバシー保護の理念からも控えるべきであろうと思われます。面接時の質問事項を決定するに際しては、十分に配慮する必要があります。

7 採用の成否及び労働条件の明示
採用は、労働契約の当事者及び契約内容を特定し、これを明確にする意思表示が双方できちんとなされている場合に成立します。つまり、当事者が会社、担当者個人、組合、労働者個人のうち誰なのかが明確でない場合、契約の始期や内容等が曖昧な場合や発言の趣旨に双方の食い違いがある場合などには、労働契約が不成立ないし無効となる可能性が大きくなります(TBS劇団員事件・東京地判昭和51年6月2日。本周遊観光バス事件・大阪地判昭和59年8月10日。日本ビルサービス事件・大阪地判昭和58年12月20日。八洲測量事件・東京地判昭和54年10月29日。同控訴審・東京高判昭和58年12月19日。東京育英学園外事件・東京地判平成15年9月30日。ユタカ精工事件・大阪地判平成17年9月9日。中日新聞社事件・東京地決昭和49年3月20日)。
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければなりません(労働基準法第15条第1項、労働基準法施行規則第5条)。そして、労働条件のうち、労働契約の期間に関する事項(労働基準法施行規則第5条第1項第1号)、期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項(同第1号の2)、就業場所及び従事する業務に関する事項(同第1号の3)、始業及び就業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇ならびに就業時転換に関する事項(同第2号)、賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項(同第3号)、退職に関する事項(同第4号)については、書面で明示しなければなりません(労働基準法第15条第1項、労働基準法施行規則第5条第3項)。
この労働条件の明示がなされず、あるいは不完全であると紛争が生じやすくなります。労働条件を労働者に対してきちんと明示し、使用者と労働者の間で認識の食い違いがないかどうかを確認することで、紛争を未然に防ぐことができます。

8 法律による制限
使用者の採用の自由は、法律による制限を受けます。例えば、以下のような場合に制約を受けることになります。
(1)15歳未満の児童の雇入れの禁止
労働基準法56条において、15歳未満の児童との労働契約の締結が禁止されています。
(2)身体・知的障害者の雇入れの努力義務
事業主は、身体障害者または知的障害者(以下「障害者等」といいます)の雇入れの努力義務を負っています(障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障雇法」といいます)第37条)。さらに、従業員数に政令で定められる雇用率を乗じた人数(1未満の端数は切り捨てます)以上の障害者等を雇用することが義務付けられています(障雇法第43条)。例えば、一般事業主の障害者雇用率は2%なので(障害者雇用令第9条)、50人以上の労働者を雇用する事業主は、1人以上の障害者等の雇用が義務付けられることになります。そして、この雇用率を達成しない事業主は、納付金を納付しなければなりません(障雇法第53条以下)。
(3)性別による差別的取扱いの禁止
採用においては、性別に関わりなく均等な機会を与えなければなりません(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(雇用機会均等法)第5条)。
(4)年齢に関わりない雇入れの努力義務
採用においては、年齢に関わりなく均等な機会を与えるべき努力義務を負っています(雇用対策法第10条)。
(5)派遣労働者の雇入れの努力義務
派遣労働者が派遣先の同一業務に継続して1年間従事した場合、一定の要件で遅滞なく雇い入れる努力義務を負っています(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第40条の3)。

9 判例
三菱樹脂事件(最大判昭和48年12月12日)

【事案の概要】Xは、Y社の社員採用試験に合格し、大学卒業と同時にY社に雇用された。しかし、Xは、学生時代に自治会活動や各種の学生運動に従事していたことを採用試験時に提出を求められた身上書に記載せず、採用面接時にも虚偽の回答をした。そのため、Y社は、3か月の試用期間満了時にXの本採用を拒否した。
そこで、Xは、雇用契約上の権利確認等を求めて訴えを提起した。

【判旨】最高裁は、企業は契約締結の自由を有しており、いかなる者を、いかなる条件で雇入れるかを自由に決することができるとし、労働者の思想、信条を調査し、これに関連する事項について申告を求めることも適法であると判断した。「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。」「企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由とする雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採用決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためにその者からこれに関連する事項について申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。」