History
20周年の挑戦と成長の軌跡
2007
挑戦のはじまり
20年前、私のボスであり師匠である札幌の向井諭先生より独立の許しを得て、福岡に戻って参りました。37歳でした。
独立当初、仕事は1件もなく、数か月間は電話が1本も鳴りませんでした。その頃のことは、今でも昨日のことのように思い出します。
ただ、不思議と悲壮感はありませんでした。「なんとかなる。なるようになる。」そんな根拠のない自信だけを胸に、当時、九州大学ラグビー部OB会から与えられた使命である九大ラグビー部の監督業に、ひたすら邁進しておりました。そして独立から7年を過ぎた頃、弁護士の仕事と監督業の両方を続けるには体力的な限界を感じ、監督を辞することとなりましたが、ラグビー部の学生たちと過ごした日々は、何事にも代えがたい私の財産となりました。
2011
組織づくりへの挑戦
監督を辞する少し前、40歳を少し超えた頃、私は弊社をどう組織化していくかということを真剣に考え始めました。
弁護士と組織化。この二つは相反するようにも思えました。元来自由に仕事をしたい人たちが士業を志すわけですから、弁護士を組織化することは困難だろうとも思いました。
しかし一方で、組織化こそが競争の激しい業界の中で弊社が生きる道なのではないか、と考えるようになったのです。そう思えたのは、九大ラグビー部の監督経験があったからでした。学生たちの能力はさまざまです。しかし、その学生たちがチームとしてまとまったときの最大出力は、凄まじいものがありました。マネージメント、そんな簡単な言葉では済まされない、魂のぶつかり合いの中でチームが一つにまとまれば、凄まじいエネルギーが生まれる。そのことを私は知ったのです。
組織化が難しいと言われている弁護士業界に、この力をもたらすことができれば、新しい価値が生まれる。私はそう直感しました。
2015
試練と学びの日々
しかし、私はラグビーや法律のことは少々分かりますが、経営者、社長として会社を組織化した経験はありませんでした。会社組織を動かした経験もありません。それどころか、経営者とは何か、社長としてどのような視座を持つべきなのか、社員に対してどのような姿勢でいればよいのか、まったく分かっていませんでした。
その結果、40歳を過ぎてからの5〜6年間、生みの苦しみを味わうことになります。独立から5年目には、数名いた社員が全員去り、一から出直すということもありました。すべては私の未熟さが招いたことでもありました。それでも前へ進むしかありませんでした。
そこから私は、真剣に、真剣に、真剣に経営者、社長になろうと努力しました。幸いなことに、その頃、同じ年代の経営者仲間が多数できました。彼ら彼女らは、既に大きな会社や社員の人生を背負い、日々斬新な視点と独自性、経営手腕によって自社をさらなる高みへと押し進めている方ばかりでした。その仲間たちとの出会い、交流を通じて、経営者としての在り方、姿勢、美意識、そしてセンスを一つずつ学んで参りました。
今振り返れば、あの苦しい時間が、経営者としての私を育ててくれたのだと思っています。
2026
理念を軸に、
次の時代へ
そうするうちに、社員が一人、また一人と増えていき、現在では新卒採用を行えるまでに会社が育ってきています。弊社の社員は皆真面目で、仕事に真摯に向き合い、チームとして前進する推進力を持っています。昨年、初めて私の考え方をまとめた経営指針書を作成しました。この経営指針書は、40歳を過ぎた頃から少しずつ書き溜めてきたものをまとめたものです。先に掲げた経営理念も、この経営指針書の冒頭に記しているものです。
振り返れば、20年前、電話が1本も鳴らなかった事務所でした。それでも「なんとかなる。なるようになる。」という思いだけを胸に、一歩ずつ歩み続け、多くの方々との出会いに支えられながら、今日があります。この20年は、決して平坦な道のりではありませんでした。だからこそ、人とのご縁のありがたさ、仲間とともに歩むことの大切さを、何よりも実感しています。
この経営理念を軸として、今後も顧客の皆様、社員、そして社会のために邁進していく所存です。
Vision
未来へのビジョン
1.
謙虚、感謝
謙虚に俯瞰して物事に対峙し、常に感謝の気持ちを持つ
2.
挑戦、継続
地に足を付けたさらなる社業拡大に挑戦し、50年・100年企業への道を歩む
3.
貢献
顧客への貢献、社員の幸福追求、日本社会への寄与を実現する。