取締役には下記の各種の義務があります。
(1)善管注意義務(会330条、民646条)→注意義務の水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のもの →専門的知識を持っている取締役は期待される水準が高くなる      
(2)忠実義務(会335条)→法令・定款及び株主総会の決議を遵守し、会社のために忠実にその職務を行う
(3)他の取締役に対する監督(監視)義務
(4)内部統制構築義務 ※経営判断原則 ※信頼の原則
(5)競業避止義務
(6)利益相反取引

以上の義務のうち、(1)の善管注意義務と(2)の忠実義務の関係について判断をしたのが八幡製鉄事件(最判昭和45年6月24日)です。結論としては、善管注意義務と忠実義務の内実は同じであり、忠実義務が善管注意義務と別個の高度な義務を取締役に課したものではない、ということになります。

判旨は次のとおりです。

「原審の確定した事実によれば、訴外八幡製鉄株式会社は、その定款において、「鉄鋼の製造および販売ならびにこれに附帯する事業」を目的として定める会社であるが、同会社の代表取締役であつた被上告人両名は、昭和三五年三月一四日、同会社を代表して、自由民主党に政治資金三五〇万円を寄附したものであるというにあるところ、論旨は、要するに、右寄附が同会社の定款に定められた目的の範囲外の行為であるから、同会社は、右のような寄附をする権利能力を有しない、というのである。
 会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである(最高裁昭和二四年(オ)第六四号・同二七年二月一五日第二小法廷判決・民集六巻二号七七頁、同二七年(オ)第一〇七五号・同三〇年一一月二九日第三小法廷判決・民集九巻一二号一八八六頁参照)。
 ところで、会社は、一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから、会社の活動の重点が、定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。しかし、会社は、他面において、自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであるから、それとしての社会的作用を負担せざるを得ないのであつて、ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは、会社の当然になしうるところであるといわなければならない。そしてまた、会社にとつても、一般に、かかる社会的作用に属する活動をすることは、無益無用のことではなく、企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果を認めることもできるのであるから、その意味において、これらの行為もまた、間接ではあつても、目的遂行のうえに必要なものであるとするを妨げない。災害救援資金の寄附、地域社会への財産上の奉仕、各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例であろう。会社が、その社会的役割を果たすために相当を程度のかかる出捐をすることは、社会通念上、会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから、毫も、株主その他の会社の構成員の予測に反するものではなく、したがつて、これらの行為が会社の権利能力の範囲内にあると解しても、なんら株主等の利益を害するおそれはないのである。
 以上の理は、会社が政党に政治資金を寄附する場合においても同様である。憲法は政党について規定するところがなく、これに特別の地位を与えてはいないのであるが、憲法の定める議会制民主主義は政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。そして同時に、政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、政党のあり方いかんは、国民としての重大な関心事でなければならない。したがつて、その健全な発展に協力することは、会社に対しても、社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり、協力の一態様として政治資金の寄附についても例外ではないのである。論旨のいうごとく、会社の構成員が政治的信条を同じくするものでないとしても、会社による政治資金の寄附が、特定の構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく、社会の一構成単位たる立場にある会社に対し期待ないし要請されるかぎりにおいてなされるものである以上、会社にそのような政治資金の寄附をする能力がないとはいえないのである。上告人のその余の論旨は、すべて独自の見解というほかなく、採用することができない。要するに、会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎりにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為であるとするに妨げないのである。
 原判決は、右と見解を異にする点もあるが、本件政治資金の寄附が八幡製鉄株式会社の定款の目的の範囲内の行為であるとした判断は、結局、相当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。」

「論旨は、要するに、被上告人らの本件政治資金の寄附は、商法二五四条ノ二に定める取締役の忠実義務に違反するというのである。
 商法二五四条ノ二の規定は、同法二五四条三項民法六四四条に定める善管義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであつて、所論のように、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができない。
 ところで、もし取締役が、その職務上の地位を利用し、自己または第三者の利益のために、政治資金を寄附した場合には、いうまでもなく忠実義務に反するわけであるが、論旨は、被上告人らに、具体的にそのような利益をはかる意図があつたとするわけではなく、一般に、この種の寄附は、国民個々が各人の政治的信条に基づいてなすべきものであるという前提に立脚し、取締役が個人の立場で自ら出捐するのでなく、会社の機関として会社の資産から支出することは、結果において会社の資産を自己のために費消したのと同断だというのである。会社が政治資金の寄附をなしうることは、さきに説示したとおりであるから、そうである以上、取締役が会社の機関としてその衝にあたることは、特段の事情のないかぎり、これをもつて取締役たる地位を利用した、私益追及の行為だとすることのできないのはもちろんである。論旨はさらに、およそ政党の資金は、その一部が不正不当に、もしくは無益に、乱費されるおそれがあるにかかわらず、本件の寄附に際し、被上告人らはこの事実を知りながら敢て目をおおい使途を限定するなど防圧の対策を講じないまま、漫然寄附をしたのであり、しかも、取締役会の審議すら経ていないのであつて、明らかに忠実義務違反であるというのである。ところで、右のような忠実義務違反を主張する場合にあつても、その挙証責任がその主張者の負担に帰すべきことは、一般の義務違反の場合におけると同様であると解すべきところ、原審における上告人の主張は、一般に、政治資金の寄附は定款に違反しかつ公序を紊すものであるとなし、したがつて、その支出に任じた被上告人らは忠実義務に違反するものであるというにとどまるのであつて、被上告人らの具体的行為を云々するものではない。もとより上告人はその点につき何ら立証するところがないのである。したがつて、論旨指摘の事実は原審の認定しないところであるのみならず、所論のように、これを公知の事実と目すべきものでないことも多言を要しないから、被上告人らの忠実義務違反をいう論旨は前提を欠き、肯認することができない。いうまでもなく取締役が会社を代表して政治資金の寄附をなすにあたつては、その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位および寄附の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内において、その金額等を決すべきであり、右の範囲を越え、不相応な寄附をなすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべきであるが、原審の確定した事実に即して判断するとき、八幡製鉄株式会社の資本金その他所論の当時における純利益、株主配当金等の額を考慮にいれても、本件寄附が、右の合理的な範囲を越えたものとすることはできないのである。
 以上のとおりであるから、被上告人らがした本件寄附が商法二五四条ノ二に定める取締役の忠実義務に違反しないとした原審の判断は、結局相当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨はこの点についても採用することができない。」