1 労働時間の認定

(1)労働時間の該当性

労働基準法上の「労働時間」とは、労働者が指揮命令下に置かれている時間をいいます(指揮命令下説)。そして、「労働時間」に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものとされています(三菱重工長崎造船所事件・最1小判平成12年3月9日)。この判断は、業務との関連性の有無、業務上の必要性の程度、法令上の義務の存否、就業規則・内規上の根拠の存否、作業不関与の場合の不利益性の有無、当該関与ないし参加に使用者の明示または黙示の指示があったか、強制的契機があるか否かなどの総合判断によって行われています。

来客当番・電話当番などの待機時間の労働時間該当性が争われた裁判例として、すし処「杉」事件(大阪地判昭和56年3月24日)、大阪淡路交通事件(大阪地判昭和57年3月29日)、京都銀行事件(大阪高判平成13年6月28日)が、仮眠時間の労働時間該当性が争われた裁判例として、江東運送事件(東京地判平成8年10月14日)、学校法人桐朋学園事件(東京地裁八王子支部判平成10年9月17日)、日本セキュリティシステム事件(長野地地裁佐久支部判平成11年7月14日)、大星ビル管理事件(最1小判平成14年2月28日)が、休憩時間の労働時間該当性が争われた裁判例として、住友化学工業事件(名古屋高判昭和53年3月30日)、滞留時間の労働時間該当性が争われた判例として、大林ファシリティーズ事件(最判平成19年10月19日)があります。

また、小集団活動やミーティングの労働時間該当性が争われた裁判例として、八尾自動車興産事件(大阪地判昭和58年2月14日)、あぞの建設事件(大阪地判平成6年7月1日)が、移動時間の労働時間該当性が争われた裁判例として、日本工業検査事件(横浜地裁川崎支部決昭和49年1月26日)、準備及び後片付けの労働時間該当性が争われた判例として、三菱重工長崎造船所事件(最1小判平成12年3月9日)があります。

 

(2)判例

三菱重工長崎造船所事件(最1小判平成12年3月9日)

【事案の概要】Y会社の従業員で、A造船所において就業していたXらが、始業時刻前及び終業時刻後の作業服及び保護具等の着脱、更衣所から準備体操場までの移動、副資材等の受出し及び散水、作業服及び保護具等の離脱などに要した時間が労働基準法上の「労働時間」に該当するとして、Y会社に対して、右着脱等に要した時間について割増賃金の支払いを求めた。

【判旨】最高裁は、「労働時間」(労働基準法第32条)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、これに当たるか否かは客観的に判断すべきとした。そして、作業服及び保護具等の装着及び更衣所から準備体操場への移動、副資材等の受出し及び散水、作業服及び保護具等の離脱などに要した時間は、労働時間にあたると判断した。

「労働基準法32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、労働者が、終業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される」

「Xらは、上告人から、実作業に当たり、作業服及び保護具等を装着するよう義務付けられ、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、」これらの装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、Y会社の指揮命令下に置かれていたものと評価することができる。そして、副資材等の受出し及び散水も同様である。さらに、更衣所等において作業服及び保護具等の離脱等を終えるまでは、いまだY会社の指揮命令下に置かれているものと評価することができる。

 

大星ビル管理事件(最1小判平成14年2月28日)

【事案の概要】Xらは、Y会社の従業員としてビル内巡回監視の業務に従事していた。毎月数回の24時間勤務の際には、休憩時間と仮眠時間が与えられていた。Y会社では、24時間勤務における仮眠時間は所定労働時間に算入されておらず、泊り勤務手当が支給されるのみで、時間外勤務手当や深夜就業手当の対象となる時間としても扱われていなかった。ただし、仮眠時間中に突発作業が発生した場合、残業申請をすれば、実作業時間に対し、時間外勤務手当と深夜就業手当が支給されていた。そこで、Xらは仮眠時間も労働時間に当たると主張し、労働協約、就業規則所定の時間外勤務手当、深夜就業手当及び労働基準法第37条所定の時間外割増賃金及び深夜割増賃金の支払いを求めた。

【判旨】最高裁は、仮眠時間帯において、労働者が実際に実務に従事していない時間であっても、使用者からの指揮命令下に置かれていると客観的に評価される時間であれば、「労働時間」にあたり、労働契約上の労務の提供が義務付けられていれば、労働者は指揮命令下に置かれているとした。そして、Xらの仮眠時間は「労働時間」にあたると判断し、法定労働時間外にあたる時間や割増賃金の基礎となる賃金の認定をさせるため、原審を破棄し、差し戻した。

「労働基準法32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである。」「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。」

「Xらは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって、Xらは、本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めてY会社の指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというベきである。」そして、法定労働時間外にあたる時間や割増賃金の基礎となる賃金の認定をさせるため、原審を破棄し、差し戻した。

 

住友化学工業事件(名古屋高判昭和53年3月30日)

【事案の概要】

Y社では、労働協約や就業規則により、会社は従業員に対し一日一勤務あたり一時間の休憩時間を与えるものとされていたにもかかわらず、会社の指揮により、休憩時間もアルミニウム電解炉の点検監視作業を課していた。

Y社従業員XはY社に対し、Yが休憩時間を与えるべき債務を履行しなかったことで損害を被ったとして、休憩時間に相当する賃金額と同額の損害と慰謝料の支払いを求めた。

【判旨】名古屋高裁は、労基法34条3項は1項の休憩時間を自由に利用させなければならないとしており、これに反する取扱いは労基法違反の債務不履行となるとした。もっとも、下記判旨のとおり、この債務不履行により賃金相当額の損害賠償請求ができるわけではないとした。

「このように被控訴人ら操炉班員に対する休憩時間は、その時間の指定が明確を欠いていたうえ、実質それに相当する時間帯においても、控訴会社の労務指揮のもとに身体・自由を半ば拘束された状態にあったものであるから、この意味において控訴会社が操炉班員に与えたとする休憩時間は不完全であり、休憩を与える債務の不完全な履行であると解するのが相当である。

もっとも、「被控訴人がその主張のように勤務一時間に対応する労働賃金相当額の損害を蒙ったものと認めることはできない。けだし、休憩時間は、労働契約上定められた一勤務八時間の中の一時間であり(この時間を労働者である被控訴人が他の勤務に振替えて稼働できる性質のものでないことは明らかである。)前記のように半ば拘束状態にあったにしても、その時間帯に完全に控訴会社の労働に服したというものでもないのであるから、被控訴人の前記身体上・精神上の不利益は、勤務一時間あたりの労働の対価相当額に換算或は見積ることはできないものというほかはない。したがって、債務不履行を理由とする被控訴人の賃金相当額の損害賠償請求は、失当として排斥を免れない。

しかしながら、慰藉料請求の点については、前認定のとおり、使用社の労務指揮権から離れ、自由にその時間をすごすことにより肉体的・精神的疲労の回復を計るべく設けられた休憩時間の付与が債務の本旨にしたがってなされず、被控訴人の身体・自由といった法益について侵害があったと認められる以上、これにより被控訴人が精神的損害を蒙ったと認めうることは多言を要しない。

しかして、前認定の本件操炉現場における職場環境からみて、班員の休憩の必要性は他の職場に比しより高いものがあると考えられること、右職場環境について漸次改善がなされたことがうかがえるとはいえ、控訴会社の右債務不履行が相当期間継続したこと、他面操炉班では比較的待機時間が長く、その間事実上休息をとることができたと認めうること、その他諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人の蒙った精神的損害を金銭に換算すれば、その額は三〇万円をもって相当とするものと認められる。」