第1 基本裁判例(前橋地方裁判所高崎支部平成28年6月1  日  判決)

1 事案の概要

被告の被用者Aは工場での勤務を終え、自家用車で帰宅する途中、原告が運転する車に追突し、原告を負傷させた。

本判決は、被告が運行供用者であることを否定したが、Aの自家用車による通勤について民法715条1項の「事業の執行」該当性を認め、使用者責任に基づく原告の請求をほぼ全面的に認容した。

2 事実関係

被告の従業員数は300名ほどで,その勤務場所は,吉井支店に設置された製菓工場(以下「吉井工場」)の他1ヵ所の工場。

本件は,Aが吉井工場での勤務を終え,帰宅の途中に起こしたものである。

吉井工場は,山間に位置し,近くに公共交通機関はない。

被告がその従業員のために通勤用のバスを走行させているといった事情はない。

吉井工場に勤務している被告の従業員は250名ほどであり,そのうち,電車通勤者が1名,自転車通勤者が2名。もっとも,これらの者は自動車の免許を有していない。

被告は,吉井工場近くに広大な駐車場を設けており,Aに対し,通勤手当も支給。

3 当事者の主張

(1)原告

通勤は業務そのものではないが、業務に従事するための前提となる行為であって、業務に密接に関連する。

(2)被告

Aの自家用車による退勤について支配可能性、利益帰属性ともなく、被告は使用者責任を負わない。

4 判決

被用者の通勤は,使用者にとっても,その事業の執行について不可欠の行為であるが,通勤中,被用者は,原則として,使用者の支配を受けないというべきである。

しかし,被用者が,現実に通勤手段にどのような方法をとることができるかは,被用者の住所及び稼働状況を含む地域により少なからず異なってくるというべきである。

Aの自宅から被告の工場まで公共交通機関を利用した場合の時間的・経済的負担、徒歩や自転車を利用した場合の肉体的負担や事故等の危険性、工場における自動車通勤者の圧倒的割合及び当該県における自動車の利用状況から、Aが通勤に自動車を使用することはほとんど通勤方法として代替性がないとし、Aの自家用車による通勤について、「事業の執行」該当性を認めた。

 

第2 検討

1 判例は,民法715条1項の「事業の執行につき」,いわゆる外形理論を採用している。

(1)最三小判昭39年2月4日民集18巻2号252頁

被用者が会社所有車を私用で運転中に起こした事故について外形理論により会社の使用者責任を認めた。

→マイカー通勤の場合はどうか。

(2)外形理論

被害者保護の立場から「事業の執行につき」という概念を拡張しつつ,その外延を画する機能を果たすもの。

「被用者の職務執行行為そのものには属しないが,その行為の外形から観察して,あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するとみられる場合」も「事業の執行につき」の要件を充足する(最三昭40年11月30日民集19巻8号2049頁)。

自働車事故のような事実行為の場合には,もっぱら客観的に使用者の支配領域内のことがらか否かで決すべきこととなり,最高裁判例もこのような見解を前提としているものと思われる(最一小昭和52年9月22日民集31巻5号767頁・調査官解説261頁)。

(3)マイカー通勤への外形理論の適用(前記調査官解説262頁)

会社所有車のように,その車の運行が特別の事情のない限り会社の事業の執行に結びついているという事実関係から出発することができる場合には,その車の起こした交通事故について,会社にどの範囲の事故にまで責任を負わせることができるかを考えれば良いから,外形理論はその思考方法に合致している。

しかし,マイカー通勤の場合は事情を異にする。

従業員は,就業時間外は就業先からの拘束をはなれ,私生活の場にあってその行動は原則として自由であり,従業員が購入した自家用車ももとより私生活上の財産であって,従業員によるその運転は私用のためになされるのが原則的な利用形態であるから,その利用によって生じた交通事故は,就業先である企業の事業の執行にかかわりがなく,企業の使用者責任を問題にする余地を生じないのが原則である。そのために,自家用車による交通事故の場合にはどのような特別な事情があれば外形理論を適用できるところまで行けるかという,いわば外形理論の資格の有無の決定に視点が移るのであり,そのアプローチの仕方が会社所有車の場合と全くことなる点に特徴があるということができる。

学説の通説的見解は,通勤途中の事故につき,「被用者の自家用車による通勤途上の事故については,使用者責任も運行供用者責任も原則として否定されるべきであろう。例外として責任を負うためには,自動車の運行が使用者の業務とかなり密接に結びついていること,使用者がその自働車の使用を命令し,助長しまたは少なくとも容認していたこと等の特別の事情が必要であろう」と説いている。

上記特別の事情は,「客観的に使用者の支配領域内のことがらといえる事情がある場合」にその存在を肯定して良いと考えられる。

2 否定例

(1)最一小昭和52年9月22日民集31巻5号767頁

ア 概要

会社が自家用車による通勤等を禁止していた場合において,自家用車による出張中に起きた事故について,事業の執行性を否定。

会社が自家用車の利用を許容したことがなく,従業員側にも自家用車を利用しなければならなかった事情がなかったことを指摘。

イ 内容

甲会社の従業員乙が社命により県外の工事現場に出張するについて乙の自家用車を用いて往復し、その帰途、交通事故を惹起した場合において、甲会社では、右事故の7か月前に開催された労働安全衛生委員会の定例大会の席上、従業員に対し、自家用車を利用して通勤し又は工事現場に往復することを原則として禁止し、県外出張の場合にはできる限り汽車かバスを利用し、自動車を利用するときは直属課長の許可を得るよう指示しており、乙は、このことを熟知していて、これまで会社の業務に関して自家用車を使用したことがなく、本件出張についても特急列車を利用すれば午後9時半ころまでには目的地に到達することができ、翌朝出張業務につくのに差支えがないにもかかわらず、自家用車を用いることとし、自家用車の利用等所定の事項につき会社に届出ることもせずに出発した等、原判示の事情のもとにおいては、乙が右出張のための自家用車を運転した行為は、甲会社の業務の執行にあたらない。

(2)東京地判平成27年4月14日判タ1422号244頁

ア 概要

従業員が業務終了後に自家用車を運転して就業場所から退勤する途中で発生した事故の事例。

従業員において,公共交通機関を利用して就業場所に行くことも可能だったこと,会社が自家用車による通勤を命じたり、これを助長するような行為をしていたことは窺われないことを指摘。

イ 内容

被告は警備員に交通誘導業務を行わせるに当たり,指定工事現場への直行直帰を認めており,業務の前後で被告の本社において被告の業務又はこれに密接に関連することを行うことは予定されていなかったこと,交通誘導業務に当たって自家用車を利用する必要があるなどの事情は窺われず,公共交通機関を利用して指定工事現場に行くことも可能であったこと,被告が警備員に対し,自家用車による通勤を命じたり,これを助長するような行為をしていたことは窺われないことに照らすと,本件事故があったとされている当時,Aが被告の制服を着用していたことを考慮しても,同時点のAの運転行為が被告の業務と密接に結びついているということはできない。  そうすると,同時点のAの運転行為は被告の事業の執行につきなされたものと認めることはできない。

3 肯定例(福岡地裁飯塚支部判平成10年8月5日判タ1015号107頁)

(1)概要

会社が従業員に通勤手当を支給し,マイカー通勤を積極的に容認していたことを指摘。

マイカー通勤について原則として事業執行性を肯定するほか,通勤手当の支給をもって会社の積極的認容と評価するなど,従来の裁判例の一般的傾向より緩やかに使用者責任を肯定している。

(2)内容

ところで、通勤は、業務そのものではないが、業務に従事するための前提となる準備行為であるから、業務に密接に関連するものということかできる。労働者が通勤時に災害に遭った場合に労務災害とされることがあるのもそのような観点によるものである。

したがって、使用者としては、従業員の通勤状況(通勤の経路や手段等)を把握しておくべきことはもちろん、進んで、従業員の通勤について一定の指導・監督を加えることが必要とされるものというべきである。確かに、通勤については、本来の業務に従事している場合とは異なり、使用者が従業員に対し直接的な支配を及ぼすことが時間的にも場所的にも困難であることは否定できない。しかしながら、通勤手段がせいぜい公共交通機関を利用することによるものであった時代から急速に様変わりして、自家用車による通勤が急増してきている近時にあっては、交通戦争と称される程までに交通事故が多発している社会状況にあることと相俟って、労働者が通勤時に交通事故に巻き込まれ、或いは自ら交通事故を惹起する危険性が高まっているものといわなければならないから、使用者としては、このようなマイカー通勤者に対して、普段から安全運転に努めるよう指導・教育するとともに、万一交通事故を起こしたときに備えて十分な保険契約を締結しているか否かを点検指導するなど、特別な留意をすることが必要である。そして、マイカー通勤者に対して右の程度の指導監督をすべきことを使用者に求めても、決して過大な或いは困難な要求をするものとはいえない。

そうであれば、いまや通勤を本来の業務と区別する実質的な意義は乏しく、むしろ原則として業務の一部を構成するものと捉えるべきが相当である。したがって、マイカー通勤者が通勤途上に交通事故を惹起し、他人に損害を生ぜしめた場合(不法行為)においても、右は「事業の執行につき」なされたものであるとして、使用者は原則として使用者責任を負うものというベきである。

そこで、この点を本件について見るに、本件事故は被告定良の通勤途上の事故であり、まさに通勤のための自動車運転行為そのものから派生したものである。しかも、被告会社は、被告定良がマイカー通勤することを前提として同被告に月額五〇〇〇円の通勤手当を支給していたこと(乙ロ三、証人吉田実年)からしても、被告会社は被告定良のマイカー通勤を積極的に容認していたことが認められるのであるから、被告会社は本件事故の結果につき使用者責任を負うものというべきである。